司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 「特定秘密法は、工作員とかテロリスト、スパイが相手にしていますから、国民は全く基本的に関係ないんです。これは施行してみれば分かりますよ」

 

 11月18日夜、TBSの報道番組「NEWS23」で安倍晋三首相はこう語った。もちろん、多くのマスコミが問題性を指摘するこの法律について、うっすらとこの国に広がる肯定論を、彼は知っている。つまり、「日本はスパイ天国」。国家秘密法が取り沙汰されたときから、推進派からえんえんと繰り出されてきたフレーズが形づくったこの国の「現実」である。海外のスパイが跋扈し、この国の情報が筒抜け。国益に反する放置できない状況ーー。うっすらとした肯定論は、ここで判断停止する。それを安倍首相は分かっている。

 

 不思議なことだが、この「スパイ天国」論について、この間、その事実を国民の多くが強く実感してきたわけでも、それが差し迫ったほど大きな危機である証拠をはっきり目にしてきたわけでもない。一部に諸外国から日本がそう見られているという報道もあるだけだ。それでも、このイメージは、国民の「国益」というテーマを強く刺激するということだろう。

 

 もっとも安倍首相が言及した「工作員」は北朝鮮による拉致を、「テロリスト」は諸外国での自爆テロなどの日本での発生を連想させることで、「スパイ」よりは具体的な危機感を煽るものになっているかもしれない。

 

 だから、こういうことになる。スパイやテロリストを取り締まることは避けられない。国民がスパイ扱いされるような話ではないのだから、いいではないか、国民はそもそも関係ないのだから、と。

 

 だが、ここにこそ、この法律から国民の目を遠ざけようとする国家によるまやかしがあるといわざるを得ない。この法律には、情報に迫る報道関係や市民運動家が「不当な方法」に当たれば罰せられる可能性がある。安倍首相のいう「関係ない」イメージでは、これもまたそうしたことにかかわりのない「普通」の国民とは遠い話ということになりかねない。あくまで普通の「国民」がスパイやテロリストにされるわけではない話として。

 

 しかし、国民に「関係」が出でくるのは、すべてその向こうにあることだ。情報が出てこないことが、どういうことになるのか。不正な秘密指定をチェックするという「独立公文書管理監」に強制的な権限はなく、政府は秘密の提出拒否が可能。指定期間は60年で例外も。対象も前記「不当な方法」もあいまいであれば、社会全体が公開、チェックの方向では委縮しかねない。情報が出て来ないということは、この法律が対象としている防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止の分野で、今、なにが行われ、政府がどう対応しているのかが分からないことを意味する。それは、もちろん実際には不当な言論弾圧も、「知る権利」の侵害も、さらには戦争への道も、国民にチェックする材料が与えられない危険性あるということである。

 

 そもそも「スパイ天国」対策としての、この法律の「効果」だって、果たして私たちが将来、知ることができるかどうかも疑わしい。

 

 つまり、安倍首相の発言にかけていえば、国民が「全く基本的に関係ない」ことにされてしまうところに、この法律の本当の恐ろしさがある、といっていい。前記「スパイ天国」論を量りにかけて、国民がこの法律で失おうとしているものは、現実的にはものすごく大きい。まさにそのことに国民の目を極力向けさせないようにしたのが、安倍首相の発言であり、特定秘密保護法が形づくる体制そのもののように思えてならない。

 

 前記番組の発言に続けて、この法律によって「映画が作られなくなった」り、「報道が抑圧された例」があったならば辞任すると、彼は言った。彼が辞任することに、その段階で現実的にどれだけ意味があるかも分からないが、それ以前に、こんな情に訴えたような保証には、この場合何の意味もない。なぜならば、そもそも政府性善説に立っていたならば、この法律の本当の危険性に国民はたどりつけないからだ。

 

 「施行してみれば分かりますよ」と大見得を切った、その施行が現実化した今、私たちがまずその自覚のもとに、この法律の今後を見ていかれるのか、そのことが問われているように思える。



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