司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 私たちは、時として実態を反映していない、場合によっては正反対を示す「言葉」と向き合わなければならない社会にいる。肯定的であったり、楽観的であったり、意義を強調する表現。しかし、そこにはしばしばそれを主張し、実現したい人の、偏った意図が介入している。有利にことを進めたい、受け入れられたいという意図のもと、強調されるそうした表現は、ともすれば実現に不利な事実を隠し、時にそれを知るものからすれば、「嘘」も構成する。

 

 信用・信頼が、社会のなかで人と人をつなぐ重要な要素であっても、私たちはこのことに十分に注意を払わなければならない。そして、それがこの国の運命の一端を担うリーダーの発言ならば、なおさらである。

 

  安倍晋三首相がアメリカで、国連で、所信表明で、連呼している「積極的平和主義」という「言葉」に対して、今、国民のなかから聞かれる違和感は、まさに前記した「嘘」を構成する表現への危機感を反映している。「積極的」というポジティブな表現に、日本国憲法の基本理念である「平和主義」。しかし、彼が推し進める集団的自衛権の行使容認も、武器輸出三原則見直しが、果たして「平和主義」に立脚しているといえるのかーー。

 

 安倍首相とこの「表現」を支持する側は、それこそ憲法の国際協調主義を掲げ、あたかも安倍首相の提唱する「積極的平和主義」に違和感を持つ、日本人の中の「平和主義」が、「一国」という言葉がつけられてしまう、国際社会で通用しないようなニュアンスも発している。だが、そうとは言い切れない。

 

  「『平和主義』にあたる英語は『Pacifism』で、非武装主義や良心的兵役拒否のことを指す。首相の平和主義は全く別物。軍事力行使による紛争解決の意味だろう」

 

 安倍首相が昨年9月の訪米時に保守系シンクタンク・ハドソン研究所の授賞式で「Proactive Contributor to Peace」(率先して平和に貢献する存在)という表現で、「積極的平和主義」を提唱したことに対し、軍事評論家の前田哲男氏は、こう指摘している(2013年10月18日付け、東京新聞朝刊特報面)。

 

 また、坪井主税・札幌学院大学名誉教授(平和学)は、首相の国連演説の英訳「Proactive Contribution to Peace」の中の、「Proactive」という言葉が、「先行的にやっつける」という意味にもとれ、日本が憲法9条の平和主義を捨て、自衛隊という軍事力を行使する意思を示したととられる可能性を挙げている(1月15日付け、朝日新聞朝刊社会面)。

 

 私たちが、首相の「積極的平和主義」という言葉の裏に読みとっている、「積極的軍事主義」の懸念は、国際的にも決して「一国平和主義」の平和ボケと片付けられないことを示している。つまりは、私たちのなかの違和感は、確かな一つの答えにつながっている。首相の使っている「平和主義」は、私たちが感じ取っている日本国憲法の「平和主義」とは違う言葉である、ということだ。

 

  「安倍首相は日本国憲法の理念である平和主義に対抗して、わざと新しい言葉を使っている」

 

 政治学者の浅井基文氏は、そう分析するが(前出東京新聞朝刊特報面)、安倍首相のこの言葉は、まさに日本国憲法に対抗し、それを否定する本性を持っていることを私たちは読みとらなければならないし、あるいは既に読みとっているのである。

 

 だとすれば、問題は、この「言葉」を使う人が何を実現したいために、あえてこの表現を「利用」しているということになる。前記東京新聞特報面の見出しには、「戦争したい側の“常套句”」の文字が踊っている。やはり、この言葉を使う側の、本当の意図に目を凝らしていかなければならない。 



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