安倍政権のもとで憲法改正を行うことについて、否定的な考えを持つ国民が多いことは、メディアの世論調査で明らかになっている。今年5月3日の憲法記念日を前に朝日新聞が行った調査では、「反対」が58%で「賛成」の30%を大きく上回り、昨年調査より8ポイント、反対が増え、賛成か減る結果だった。4月25日の共同通信による調査でも、安倍晋三首相の下での改憲に61%が反対、38%が賛成という、ほぼ同様の傾向の結果が示されている。
この結果を単なる時期尚早論としては片付け難い。朝日の同じ調査で、「今、憲法を変える必要があるか」との問いに対しては、「必要ない」が49%に対し、「必要」44%とその差はぐっと縮まる。5年連続で前者が上回っているものの、前者は昨年調査よりも1ポイント減ったのに対し、後者は3ポイント増やしている。共同の調査のなかで、焦点の9条改正の是非についての回答でも、「必要ない」46%で「必要」の44%とほぼ拮抗する結果だった。
改憲をめぐる世論調査の結果には、その時々の内閣支持率が影響しているという指摘もあるが、いずれにしても前記結果は、「安倍首相の在任期間では早すぎる」とか、そこに「こだわる必要はない」ということにとどまらず、まさに安倍首相の下で憲法改正が進むことを懸念がよみとれる。つまりは、彼の他の政治案件で示している不透明で強引な手法や、ひたすら個人的な信条として前のめりになっている改憲姿勢が、彼のもとでの憲法改正に否定的な国民感情を生んでいることが推測できるということだ。
しかし、残念ながら、彼にはこの現実が伝わっていない、もしくは頭から認めず、目をそらそうとはしているようにしか見えない。安倍首相は8月12日に地元・山口県下関市の講演で、自衛隊の明記や教育無償化などを挙げ、「いつまでも議論だけを続けるわけにはいかない」と述べ、今秋召集予定の臨時国会か来年の通常国会への提出を念頭に、自民党の改正案取りまとめを加速化させる考えを示したと伝えられる。
しかも、この姿勢には9月の自民党総裁選との関連も指摘されている。確実とされる3選後の求心力維持が視野に入れ、首相を支える改憲支持派をつなげる必要があるとの見方である(8月14日付け、朝日新聞朝刊)。来年の統一地方選や参院選前の、改憲の争点化には連立を組む公明党が慎重であることや、自民党内の意見にもバラツキがあることから、すべて首相の思惑通りに進むかは別であるが、まさに国民が懸念し、首相が分かっていない、分かろうとしないところはこういうところではないか。
やはり、彼は勘違いしている。あくまで憲法の改正の是非を決めるのは国民である。したがって、それを進めようとする側に一番求められるのは、その民意をいかに公平に、忠実に汲み上げる慎重さのはずだ。いかに提案するにも旗振りが必要であるとか、党是にして長年の悲願であるといっても、議員個人の熱意など、むしろ二の次にしなければならない。まして個人の政治的な立場との関係を疑われるなどのもってのほかである。
多くの国民が今は必要ではない、あるいはもっと慎重であるべきだとするのであれば、自ら「時期尚早」と判断できる人間こそ、この議論に参加する議員にふさわしい。先に、個人の思いがあり、改憲という結論があり、前記メディアの調査結果を含め、いかなる世論の反応があろうと、自らの政治的立場を維持できる見通しがある限り、結論は変わらない――。そういう安倍首相の姿勢を見切った結果が、冒頭の世論調査の「不適格」という反応につながったのではないか。
その意味では、改憲への彼の熱意は、それを実現させる方向では、もはや皮肉にも逆効果といえるかもしれない。しかし、最も嫌な想像は、逆に彼が世論を見切っている、という方だ。現在の自分の政治手法への反発が世論のなかにあろうと、この程度では自分の政治的立場を脅かすことはなく、そして、あわよくば、改憲にも駒を進められる、と彼が読んでいるということである。
一首相の個人的熱意で、一国の憲法改正が左右され、あるいは実現していく――。それがいかに異常なことであるのかということへの、国民の良識と感性がやはり問われてくる。