司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 「利用しやすい」という言葉が、民事裁判の課題として宛がわれ続けている。先日、最終報告書をまとめた民事司法改革を討議してきた学識経験者や経済界、労働界、日弁連選出委員の懇談会の名称も、まさにそのまま「民事司法を利用しやすくする懇談会」であるし、昨年日弁連がまとめ、会内で議論の素材となった「民事司法改革グランドデザイン」のなかでも、「市民をはじめ全ての人々にとってより利用しやすく、頼りがいのある、公正な民事司法を実現する必要」が掲げられている。

 

 まさに、これらは2001年の司法制度改革審議会の最終意見書が、「改革」の三つの柱の一つとして、「『国民の期待に応える司法制度』とするため、司法制度をより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとする」ことを掲げて以来、その「路線」にのっとって、繰り返し用いられてきた表現といっていい。

 

 「利用しにくい」ということが、良いとされるわけもない。「利用しやすい」という実感も社会になく、前記いくつかの提言で示されている、極めて多岐にわたる民事司法改革のテーマのなかには、「利用しやすく」するという表現がストレートに当てはまり、そのこと自体に何の疑問も抱かれることはないはずととらえている「改革」推進派も多いとは思う。

 

 しかし、一面、この当たり前のように掲げられる「利用しやすい」という設定は、要注意。別の言い方をすれば、非常に危なっかしく、胡散臭い。つまり、本当の意味で、誰が求め、誰のためになる「利用しやすい」という目標なのか、ということが、時々、疑問に思えてくるからだ。

 

 前記したような多岐にわたるメニューを見れば、それこそ民事裁判、とりわけ消費者被害事件で「利用しにくい」最大の課題とされる費用の問題、あるいは裁判官の数といった人的物的体制の問題の解消に、異論を唱える人はほとんどいまい。

 

 しかし、根本的な発想として、ひっかかるのは、前記提言のなかに現れる次のような表現だ。

 

 「社会が複雑化・国際化するにつれ、民事司法の利用者が抱える法的問題も増加し、同時に複雑、困難なものになっています。2012 年の消費者被害の相談件数は85 万件程度、被害推定額は3 兆4000 億円ともいわれます。交通事故は約67 万件に達しています。離婚件数も年約24 万組と増えています。社会の少子・高齢化が進み、相続争いや高齢者の消費者被害、成年後見の問題が顕在化してきています」(前出懇談会最終報告書)

 「社会生活・経済生活上の様々な法的問題が、司法手続によって公正に解決され、正義が実現される社会とするため」

 「民事司法は,その利用者そして社会全体にとって身近なものでなければならない」(ともに前出グランドデザイン)

 

 前提としてあるのは、これも司法審意見書以来の、国民が本当に求めているのか怪しい、膨大な司法介入肯定論ともいうべき、「見積もり方」である。懇談会が羅列するような案件、少なくともそこに挙げられている数の何割が、真に国民の関与を求めているのか、「社会生活・経済生活上の様々な問題」「身近なものでなければならない」という文言のなかに、本当に国民が求めるもの、その意思というものは、どれだけ反映されているのか。「二割司法」論に代表されるように、こうした必ずしも国民の意思を反映した、いわば等身大の国民の意思ではない「あるべき」論に立った、大きな「見積もり方」の先に、無謀な法曹人口増員という失策もあったのではなかったか。

 

 この見方をすれば、さらに嫌なとらえ方もできる。つまり、こうした「利用しやすい」司法待望そのものが、むしろ弁護士増員政策の現実から導き出されていないのか、ということだ。事件が増える、裁判が増えることを、一番待望しているのは、一体誰なのかという話である。「グランドデザイン」をめぐる議論で、弁護士界内から「これは実は業務対策ではないか」という声が上がったゆえんである。懇談会最終報告書に出てくる「離婚件数」の話は、それこそ弁護士会内の増員肯定派が、まさに「24万件の、仮に半数に弁護士が関与すれば、双方に弁護士が付いて、24万件の事件が創出できる」などと言ってきた皮算用そのものである。

 

 さらに、要注意ということでいえば、民事司法改革の論議では、「利用しやすい」恩恵が、建て前としていわれる言葉と反し、大企業に傾く危険をはらむ。消費者が彼らとの紛争において、武器対等の原則が、実質的に担保される形にまでなるのか、逆に「利用しやすい」どころか消費者が委縮する形にならないのか。弁護士界内から反発が出た「陳述録取制度」が典型だが、ここにも結果的に特定の人間たちの「利用しやすい司法」待望論が貫徹される恐れはつきまとう。

 

  国民は何を本当に必要と考え、それを現実に、どこまで求めているのか――。問い直されることがない司法審「理念」に立ち続ける論議は、果たしてその疑問にどこまで正面から向き合っているのか、そこが私たちにとって、一番のこだわりどころでなければならない。



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