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 〈「人類普遍の原理」〉

 前回、ご紹介した通り、憲法が、憲法改正に関して文章としてはっきり書いてある条文は、96条1箇条だけです。その条文の他に、どこまで憲法改正ができるかなどということを定めた規定はありません。この規定は、憲法改正の内容を定めたものではなく、改正の手続きを定めたものであることは明らかです。

 他の国の憲法と比べて、改正の要件は厳格で、「硬性憲法」と呼ばれています。最高の法規である憲法を保障する、つまり侵されないように守るという姿勢が96条に強く示されています。そのお陰で日本国憲法は、昭和22(1947)年5月3日に施行されてから73年間、一度も改正されたとがありません。世界でもあまり例を見ない憲法です。

 ですが、時勢という時代の勢い、世のなりゆき等によって、政権が強い力を持ち、憲法96条の定める要件をクリアすることもあるのです。「安倍一強」「弱体野党」などと言われる現在の政治状況も、そういう時勢といえそうです。

 しかし、どんなに強い政権の力を以っても、憲法改正が許されないもの、つまり憲法改正の限界があるのです。それは何かを国民が知っておくことは絶対必要なことです。それは、96条に文章としてはっきり書かれている条文だけを見ても、そこからは出てきません。この条文に書かれていない、いわば、この条文の裏に隠れている部分を見なければ出てこないのです。

 まず、憲法96条以外の憲法のどこかにその隠れている部分はないかと捜してみますと、いくつかそれらしき部分を見つけることができます。その一つは、憲法の前文にあります。憲法の前文は、冒頭に「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われわれはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」という部分があります。

 この部分を素直に読めば、人類普遍の原理は、憲法に優先するものであり、この人類普遍の原理に反する憲法は排除すると宣言しているのですから、人類普遍の原理に反するような憲法改正は、許されないということが分かります。 人類普遍の原理に反するような内容には、憲法を改正することはできないのです。憲法96条の改正手続に従っても人類普遍の原理に反するような内容に憲法を改正することは許されない、と憲法の前文は宣言しているのです。


 〈改正の限界としての国民主権、基本的人権〉

 問題は、人類普遍の原理とは何かということになりますが、憲法の前文は、この部分のすぐ前に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こるようなことのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるもであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と述べています。この部分は、「国民主権」と呼ばれています。

 憲法の前文はこれに続けて、「これは人類普遍の原理であり、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅は排除する」と明言しているのです。憲法前文は、国民主権に反する内容となるような憲法、法令及び詔勅は排除するとしているのですから、国民主権に反するような憲法改正はできないのです。因みに「詔勅」とは、天皇の公式文書です。

 憲法制定権者の国民が、自ら国民主権に反する内容に憲法を改正してしまっては、それは国民主権を否定するのですから、憲法の自殺行為とでも言うべき行為です。これは、憲法の改正の限界を超えてしまいます。国民主権に反するような憲法改正はできないのです。これは当然です。誰が考えても、そういう理屈になります。

 憲法11条は、「基本的人権の享有」と呼ばれていますが、そこには次のように述べられています。「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」

 これによりますと、基本的人権は、現在の国民だけではなく、将来の国民にも与えられる永久の権利なのですから、基本的人権を奪うようなことになる憲法改正は許されないことになります。理屈というか、理論上当然そのような結論になります。

 憲法97条は「基本的人権の本質」と呼ばれる規定です。ここでは、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と述べられています。

 この規定も基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利であることを重ねて宣言しています。永久の権利ですから、将来の国民に対しても保障しなければならないのです。ですから、ある時期の多数決を以っても、基本的人権を侵すような結果となる憲法改正はできない、という理屈になります。この規定は、憲法11条の規定とともに基本的人権を奪うような憲法改正はできないことを明言しているのです。

 (拙著「新・憲法の心 第25巻 国民の権利及び義務〈その2〉」から一部抜粋)


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