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 「やってる感」という不思議な言葉を、いつのまにかネットなどで見聞きするようになっている。安倍政権下で広がったといっていいこの言葉は、要するに自らが何かについて、一生懸命やっている、取り組んでいるということを、ことさらにアピールしていることを指している。目的は、当然、自らの行動への共感や支持を得ることにある。

 ところが、この言葉の持つニュアンスは、大方肯定的なものではない。自己宣伝そのものを、姿勢として揶揄する人ももちろんいるとは思うが、それにとどまらず、この言葉には中身そっちのけで、あるいは中身の内容の薄さを隠すために、ことさらに努力している、汗をかいている感を前に出し、それで内容の評価で乗り切ろうとしている、というニュアンスを帯びているのだ。

 「パフォーマンス」といった表現にも通じるもので、あえて言えば「やってる」ではなく、「感」の方に意味がある。「感」でなんとかしようとしている、というのが、この言葉の真の意味といってもいい。

 不思議に感じてくるのは、造語のようなこの言葉を、社会がなんとなく自然に受け容れているようにみえることだ。もちろん、言葉としてすんなり受け容れられるものがあればこそ、埋没することなく、社会に広がるのは当然の理ということになる。言い換えれば、この言葉は、状況をそれだけ大衆の感覚として違和感なく表現している、さらに逆に言えば、そうしたことがまさに目の前に現出していると国民が感じているということになる。つまりは、それだけジャストに言い当てている、と。

 しかし、不思議ということでいえば、それに止まらない。「やってる感」を、それで成立させるのは、受け手の側ではないか、と思えるからだ。いうまでもなく、「やっている感」が繰り出されるのは、もちろん、それ自体に効果があるからである。もし、それが繰り返されるとすれば、「感」を重視した受け手がいたのではないかということを疑いたくなる。そして、その場合、肝心の中身について、その受け手が厳しい目を持ち合わせていたのかも疑いたくなってくるのである。

 安倍政権は、まさに「やってる感」が支えてきた政権のようにみえる。「アベノミクス」、拉致問題、北方領土問題、東京オリンピック開催、そしてコロナ対策などなど。彼は責めの政策では「全力で」、説明責任が問われる守りの場面では「丁寧に」といった言葉を挟んで、国民に「やってる感」をアピールしてきた。メディアやネットを通じて、中身の出来、不出来が必ずしも問われなかったわけではないだろう。自らの政策の結果について、「レガシー(遺産)にしたい」といった、まさに目的を疑いたくなる意向があることなども、メディアから流れていたはずだ。

 しかし、それでもこの政権の支持率が下がらなかったのは、国民の民主党政権のトラウマから来る「代わりがいない」という意識に拍車をかける「やってる感」への評価ではないか。有り体にいえば、政権への実績への厳しい採点をしても、代わりがいない以上、いいことはなく、それより少なくとも一生懸命やっている(感の)安倍さんを支持した方がいい、と。

 「よりまし」感に救われたとしても、それが政治だという人が、またぞろいるかもしれない。しかし、中身よりも、「やってる感」による「よりまし」の判断では、延々と結果に対する正しい評価も、展望も開けるわけがない。説明責任が果たされ、国民の疑念が消えることもないのである。

 「やってる感」で支えられてきた安倍政権は、いよいよ限界に来た。コロナ対策で国民は「やってる感」に基づく評価を下げ、そのニュアンス通りに中身が伴わないことの方を問題視し、検察官定年延長問題では完全に政権に不信の目向けた。

 しかし、あえていえば、「やってる感」は、安倍政権周辺にとどまらない。コロナ対策での地方自治体の首長らの発言や政策のなかにも、疑わしいものは、いまやいくらも見つけられる。使え理由がよく分からない横文字の政策や、「○○モデル」とする政策アピールなど。イメージ戦略とか、その効果といった話に置き換えられそうだが、その中に、中身への厳しい国民の検証の目をそらさせようとする、「やってる感」の効果を期待しているととれるものはないだろうか。


  「安倍政権はこの『やってる感』の醸し出し方が、かなり巧みだといえるだろう」

 政治アナリストの伊藤惇夫氏は、こう語っている(婦人公論.jp)。長期政権を、結果的にこの「やってる感」を醸し出して維持したという「実績」からみれば、この言い方は正しいことになるだろう。しかし、伊藤氏も分かっていてあえて書いているようにとれるのだが、政権が「巧み」であったのか、それとも国民が「拙な過ぎた」のか、そのどちらととらえる方が、今後の日本社会にとって意味があるのか、今こそそれを考えるべきであるように思える。



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