〈「病気のことに限らず」と言った医師の勇気〉
大都市の大病院は、人的にも物的にも充実している。地方医が、これと競争しても勝負にならない。地方医が生き残るためには、前記医師のキャッチフレーズは、的を射ていると深く共鳴する。大病院と違い、気軽なのが家庭医の魅力である。なるほど、その通りだ、と思う。
地方弁護士が参考としなければならない点が、この短いフレーズの中に、いっぱい詰まっている。まず、「病気のことに限らず」という点だ。ここれは地方弁護士に当てはめると、「裁判のことに限らず」とか、「法律問題に限らず」と言い換えることができる。地方弁護士の仕事も裁判と法律のことに限らないという認識を地方住民に持ってもらうことが大事だ。
次に「皆様が気軽に相談できるように心がけています」と言っている点だ。患者は心配と不安でいっぱいだ。気軽に、つまりこだわりを感じないで、あっさりと相談できるようなムードを作らなければならない。どんなに腕のいい医者でも、話し掛けるのが怖いというようでは、患者は敬遠する。
地方弁護士だって同じだ。地方住民が気軽に相談できるように自分を磨いておかなければならない。偉そうにふんぞり返っていてはならない。威張っていては相談にならない。言うまでもないが、地方弁護士はサービスを提供する仕事であることを忘れてはならない。売る品物など何もない。笑顔と、優しさと、親身になって悩み事に寄り添ってやるサービス業であることを忘れてはならない。
「幅広く気軽に相談できるようにする」ために、それなりの受け入れ態勢を作らなければならない。相談したいと思っても、受け入れ態勢ができなかったら、相談にはならない。最近の地方弁護士の事務所の中には、事務員がいないため、相談したいと思い事務所を訪れても、誰もいないか、電話を掛けても誰も出ないために困ったという話を耳にすることが少なくない。これでは「幅広く、気軽に相談できる」態勢ができているとはとても言えない。
これは地方弁護士の経済状態が、事務員も雇えない状態にあるということなのかもしれないが、これでは地域住民の日常生活の中で発生する心配や不安の相談相手として幅広く「気軽に相談に応じます」とは、とても言えない。受け入れ態勢が、気軽に相談に応じられる状態とはなっていない。
この問題は、地方弁護士の商売という面で考えた場合、由々しき問題であり、放っておくと取り返しのつかないことになりかねない。地方弁護士から地方住民が離れていく原因となりかねない。態勢ができている司法書士や税理士などの隣接職種の先生方に相談した方が早いということになりかねない。
前記キャッチフレーズの中でも、「病気のことに限らず」という点は、私としては最も引き付けられた言葉だ。医師という立場でありながら、「病気のことに限らず」と言い切った点には、深く共鳴する。
医師という字は手許の国語辞典で調べると、「医者」とあった。医者を調べたら、「病気やけが人の診察、治療を仕事とする人」とある。医師の本質、つまりこれがなければ医師とは言えないということは、病人やけが人の診察、治療をすることだと思い込んでいた。「病気のことに限らず」という言葉には、驚くと同時に素晴らしいと感銘した。そこまで間口を広げてクライアントを迎え入れる姿勢は、地方弁護士も見習う必要がある。
医師が「病気のことに限らず」と言い切った勇気に心から拍手を送りたい。「育児の心配、介護の不安、日常の健康相談にも応じる」というこの姿勢こそ、他の地方医も地方弁護士も見習わなければならない。病気とまでは言えなくとも、健康問題の悩みは絶えず発生している。
そういう問題を気軽に相談できる地方医がいたら有難い。病気になる前に、健康問題の悩みを相談できれは有難い。病気になる前に相談し、病気を未然に防げたら、それに越したことはない。そこに着目した、この医師の考え方には、深く共鳴する。
〈地方弁護士にも当てはめられる言葉〉
これまでは、地方医は「病気になったら来て下さい」でも十分にクライアントは確保できたが、これからの地方医の商売は、どうなるか分からないとの思いが込められているように思える。「病気になる前に来て下さい」という気持ちが伝わってくる。これは商売の繁盛だけを考えてのことではないと思うが、商売の繁盛のためには不可欠なスタンスと取り方である。
地方医の置かれている商売面の現状と先行きに対する危機感を知らされた気がする。地方弁護士が置かれている状況は、地方医よりずっと厳しいことは忘れてはならない。この医師の商売面から考えて、前記キャッチフレーズを考えたものではないと思うが、現在の地方弁護士の商売の実情を考えたら、このキャッチフレーズは、地方弁護士としては商売面において活用させてもらうべき参考となる最高のキャッチフレーズであると確信する。
法律問題だって同じだ。裁判などの紛争になる前に法律問題が発生するかもしれないという心配や不安があったら、その時点ですぐ弁護士に相談し、然るべき手を打って紛争を未然に防止できたら最高だ。
紛争となり、裁判になってから相談に来る人が地方弁護士の場合は多いが、裁判にまでなってしまっては、紛争の本当の解決のためには手遅れと思えるケースが多い。裁判になる前に相談に来てくれれば、話し合いで円満に解決できたかもしれないというケースも少なくない。法律問題も心配や不安を感じたら、その時点ですぐに相談することは大事だ。裁判となってからでは遅いことが多い。法律問題だって、「早期発見、早期治療」が効果的である。
地方弁護士は、裁判事件だけでは食えない時代になっていることは、誰よりも地方弁護士が知っている。少なくとも自分は強く自覚している。裁判事件に限らず、広く地方住民の悩み事全般の相談に応じなければならないと確信している。
「病気のことに限らず」という言葉を、「裁判のことに限らず」とか、「法律のことに限らず」と少し言葉を入れ替えて、地方弁護士は広く地方住民にその存在を宣伝し、地方住民に事務所に来てもらい、地方住民のいろいろな悩みに答える仕事をしなければ、商売は成り立たない状況にあることを強調したい。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~16巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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