〈衝突する欲望〉
自分の欲望と他人の欲望とが絡み合うことは少なくありません。双方の欲望が衝突する場面が発生することもあります。これが厄介な問題を生み出すのです。時には面倒なことになります。戦争になることもあるのです。他人との関係のみならず、自分自身の中でさえ、ある欲望と他の欲望が絶えず衝突します。これまた厄介な問題です。ここはどうしたらいいのでしょうか。それを見極めたいのです。
「人生は楽しみ合うのみ」という「いなべんフィロソフィー」を実現するためには、また戦争を防止する心の調整のためには、この欲望の衝突のコントロールは不可欠な要素と確信しています。「衝突する欲望」によって事が大きくならないようにするためには、欲望を掘り下げ、欲望に対する正しい知識の下に欲望をコントロールしなければならないのです。
ライオンが仕留めた獲物をハイエナやハゲタカが虎視眈々と狙っている様子や、これらの動物が命を懸けて争っている姿はテレビでよく観ます。その根源は食欲であり、生命欲です。その欲望の衝突です。この衝突は、異種動物間に限らず、同じ種類の動物間でも頻繁に発生します。動物間の欲望の衝突は、文字通り「動物的欲望の衝突」です。
動物間の衝突は、単純明快で分かりやすく、「弱肉強食」となります。強い方が腹を満たせば決着がつくのです。弱い方は餌となり、死ぬだけです。食べた方が生き残り、餌となった方は消えてしまいます。一匹は生き、一匹は死ぬ、それだけです。そのような動物界では弱いものは鮭や鱈の卵のように「数の力で種を残す」などという方法で種を保ったりしています。厳しい現実ですが、これが自然の摂理です。万物を支配する法則です。
人間界でも、力づくで相手方から奪い取るケースがあります。強盗とか山賊とか海賊などがいます。映画史に燦然と輝く黒澤明監督(1910-1998)、三船敏郎氏(1920-1997)主演の「七人の侍」は、奪おうとする野武士の集団と、7人の侍を雇って奪われまいとする農民の集団の激しい戦闘シーンの連続でした。
このレベルですと、人間の争いも動物間の争いとほとんど変わりがありません。強い者が勝ち残り、一件落着となり、決着がつきます。双方の肉体的力関係で決着がつくのです。暴力で決着がつくのです。
人間には、食欲・性欲のような動物的欲望の衝突に止まらず、物欲・金銭欲、社会欲・名誉欲などの動物にはない欲望の衝突があります。さらに、人間には多くの団体や多くの階層があり、多くの国がありますから、それぞれの立場の集団間での欲望の衝突が生まれます。資本家と労働者の衝突、企業と企業との衝突、国と国との衝突、「集団的自衛権」などと言われるように、一方の複数の国の集団と他方の複数の国の集団との衝突が生まれます。こうなりますと、もう肉体的力関係だけでは決着がつかなくなります。
人間界の欲望の衝突は、時にはその衝突の規模が巨大化します。動物界の欲望のように自然の摂理だけでは解決できない欲望の衝突が生まれます。体力でなく、知力、物理力、経済力が総合した争いとなります。武力、兵器が使われます。そして、現在の兵器は核兵器となり、人類滅亡、地球壊滅の危険性が現実のものとなりました。このようなことは、20世紀後半に出現しました。その危険性が急激に増幅しています。
〈21世紀の戦争への欲望は放棄しかない〉
核兵器時代の戦争を防止するためには、人類の叡智を結集することが不可欠となります。戦争を防止するためのしくみの外に、欲望の本質を見通し、欲望の衝突を最小限に抑え、自然の摂理を破壊するような争いにならないようにするために、深く優れた知性を集めなければならないのです。物欲と名誉欲に凝り固まっていると思える政治家のサミットに任せきらないで、もっと高い欲望を持つ宗教家、哲学者、思想家のサミットが不可欠だと確信します。
21世紀の現在は、核兵器が地球上に充満しています。戦争となり、これらの核兵器が使用されたら地球自体が壊滅しかねません。生物は死に絶える危険性さえあります。人間を含め、動物の多くは滅亡しそうです。
このような状況の中では、ある種の欲望は捨てなければならないのです。たとえ、その欲望が動物的・本能的なものであっても、捨てなければならないものが出てくるのです。捨てなければならない欲望とは、「戦争をしたいという欲望」です。この欲望だけは、どんな理由があろうと、人間の心の中から完全に捨てなければならないのです。
21世紀の現代においては、本能的欲望さえ捨てなければならない状況が核兵器開発の結果、作り出されているのです。「哲学」、言葉を換えれば「生きるための知恵学」を考える基盤が、原爆が出現した20世紀の半ば以降、それまでとはすっかり変わったのです。
欲望のコントロールを考えるうえで、そのことは極めて大事なことになります。欲望のうち、「戦争をしたい」という欲望は、コントロールするのではなく、完全に放棄しなければならないのです。この欲望は、調節するのではなく、完全放棄しなければならないのです。
(拙著「新・憲法の心 第22巻 戦争の放棄〈その22〉」から一部 抜粋)
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