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 国民の反応に、国民が戸惑う声が聞こえてくる。安倍政権の幕引き決定後の、世論調査で示された形になっている「民意」に対するものである。安倍首相辞任表明後の報道各社の内閣支持率は、軒並み急上昇し、8月29、30両日に共同通信が行った全国緊急電話世論調査では56.9%と、1週間前より20.9ポイントもアップした(Bloomberg)。

 この反応に、当初、メディアに登場するコメンテータなどからの指摘には、辞任という決断を歓迎するものだとか、日本人的な感情が反映した「判官びいき」といった解釈を加える向きもあった。しかし、朝日新聞が9月2、3日に行った電話世論調査で第2次安倍政権の実績を71%が「評価する」という結果をみると、前記解釈だけでは片付けにくくなる。つまり、この国の国民は、確かに総合評価として、基本的に「悪くはなかった」と感じている人が多数であるという現実である。

 もちろん、「国民の反応」といっても、それが一様であるという前提に立てるわけではないし、そうなれば「戸惑う声」も、自らが少数派であったことへの驚きとして扱われるかもしれない。コロナ対応で評価は下げても、7年8ヵ月の長期政権を維持したことそのものを評価する人もいるだろうし、「アベノミクス」の「恩恵」を感じ国民もいる。野党が選択肢足り得てなかったことを挙げる人は、現実的な選択肢の中で最良と評価しているかもしれない。

 しかし、安倍政権の「負の遺産」を考えれば、逆の見方をしないわけにはいかない。つまり、こうした断片的な評価の集積が、安倍政権が行ったこと、残したことを、都合よく糊塗した結果が、そういう実態がありながら7年8ヵ月の長期政権を実現させ得たのではないか、ということである。

 朝日新聞9月15日付け朝刊オピニオン面「耕論」での、社会学者・宮台真司氏の指摘が示唆に富んでいる。彼は、安倍政権が進めてきた手法に、国民は一方的にだまされてきた被害者ではなく、大半の国民は「見たいものだけを見て」きたとして、それを解くキーワードとして「自意識」を挙げている。

 「本当は経済的に苦しいのに、自意識のレベルでそうではないことにする。『見たいものだけを見る』に近い認知的な整合化です」

 「格差や分断による『痛み』は、他人と共有して初めて政治的な討議の課題となるのに、その手前の自意識の問題として回収されてしまう。若年層の政治的関心が低いのも、自分が置かれた状況の真実に向き合うのがつらいからです。そんな『自意識による粉飾=ポスト真実』が安倍政権を支えてきた」

 宮台氏は、さらに自意識に支えられた政治社会の構造は戦後政治そのもに由来し、左右対立といいながら、「米国の機嫌を損ねない愛国」と「米国の核の傘の下での護憲平和」を例に、同じく米国依存に対して「見ない」を通してきた、日本の安全保障をめぐる状況を指摘している。

 国民は「忘れる」ということが、この国の政治家の中で言われているということを散々聞かされてきたが、それはそもそも国民側に「見ない」、「見る」気がないということだったことにもなる。それでは「総合評価」とされても、適正に導き出された「総合評価」には、どこまでいってもならない。

 「損なわれた最たるものは、法の秩序である」

 9月16日付け朝日新聞1面「座標軸」で、根本清樹・論説主幹は、安倍政権の行状を鋭く指摘している。

 「歴代内閣が『できません』と言い続けてきた法解釈を、『できることにした』と突然ひっくり返す。集団的自衛権の行使容認も、検察官の定年延長も、憲法や法律の改正が必要なはずのところ、閣議で勝手に決めてしまう」

 「国民や、その代表である立法府は蚊帳の外である。主権在民、権力分立の原理が足蹴にされたに等しい。政治が法をぞんざいに扱い、ねじ伏せる。異形の政権だったというほかない」

 まさにこれが現実であり、確かに国民は「足蹴にされた」側のはずだが、宮台氏の指摘を被せれば、この「法の秩序」に対する行状も、多くの国民には「見ない」ものにカテゴライズされているととれる現実に、めまいのようなものを感じざるを得ない。

 宮台氏は、国民が悪いのだから、安倍首相が辞任しても、日本社会が変わるはずもない、前記「自意識」が粉砕されないと、構造は変わらないとした。安倍政権を継承するといい、閣僚らの顔ぶれを見ても、実質「第三次安倍政権」と皮肉られる菅新政権は、いよいよ「安倍政権」の「負の遺産」といっていい、その手法の「実績」も継承しそうな状況(「安倍政権の『負の遺産』としての『成功体験』」)でありながら、それに対する危機感が国民の中に広がっているようにも見えない。

  政治権力の行状は厳しく指摘され続けなければならないが、それを許す国民の実相に対し、国民の自覚を促す、もっと厳しい目線が向けられる必要があるように感じてしまう。



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