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 政府の新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長が、岸田文雄首相と官邸で面会したときの発言を報じたメディアの記事(朝日新聞デジタル)が、話題となった。ワクチン接種率を高齢者だけでなく、若い人も含めて高められるか、について、強い関心を示した首相に対し、同会長は概ね以下のような趣旨を伝えた、という内容である。

 「単に『ワクチンしましょう』ということではなく、もう少しみんなが興味を持てるような物語性のようなキャンペーンをしていただければありがたいな、と(伝えた)」

 記者の引用が前後の文脈を省略するなどして、意味内容を伝えづらくしているとか、正確な引用ではないといったこともあるかもしれないし、そもそも尾身氏の発言の真意については、今ひとつ不明瞭な点はある。しかし、この記事を前提にする限り、このエピソードには正直、嫌な感じしかしない。

 嫌な感じの根源は、「物語性」という言葉を尾身会長が使ったところにある。彼は、ワクチン普及のために「物語性」のあるキャンペーンを求め、首相もこれに関心を示したと記事にある。しかし、専門家という立場で、首相に向き合っている。なぜ、その彼が、ワクチン普及のために、「物語性」に頼った「勧誘」を首相に進言しているのだろうか。

 「尾身茂さんはいつから物語の『専門家』になったのでしょうか」と、ツイッターで皮肉った識者もいたが、感染症の専門家であれば、徹頭徹尾、「物語性」ではなく、「専門性」で国民に向き合うべきであり、また、彼はそれを期待されて、現在の立場にいるのではないだろうか。

 むしろ、彼の立場でこう言ってしまうと、もはや「専門性」をもってしては、国民をワクチン接種に誘導できない、と言っているようにとられても仕方がない。これは他の感染症専門家だけでなく、ワクチンの専門家、とりわけ安全性・有効性に対して疑問を投げかけている立場の専門家からしても、当然見逃すことができないものになる。

 そもそもこのエピソードからして、首相も、尾身会長も、ワクチン接種率の伸び悩みの原因としての国民感情に、正面から向き合っているといえるだろうか。摂取すれば感染しないと思い込んでいたワクチンは、いつの間にか、しれっと重症化リスクを下げるものになり、かつ、変異とともに延々と打ち続けるものとなったことも、国民の不安を増す結果となっている。

 しかし、それもさることながら、決定的なのは情報が相変わらずフェアに提供されていないことである。端的にいえば、ネット上では、ワクチンの専門家から発せられている後遺症などに関する、いわはネガティフ情報をフェアに取り上げず、むしろ極力目を遠ざけようとしているようにとれる、接種推進へのバイアスがかかっているようにとれることだ。薬害の教訓は、ここにはみじんも見られない。

 つまり、国民の不安や釈然としない感情をよそに、推進する側の専門家までが、ネガティブ情報に正面から「専門性」で向き合って、国民を説得する道を放棄あるいは断念し、国民を誘導するための手段としての「物語性」に期待している、という、歪んだ現実が浮かんでいるようにとれてしまうのである。

 そして、さらに嫌な感じの原因を付け加えるのであれば、この感じがまさに日本の政権担当者の劣化と、重なって見えることである。「丁寧な説明」「国民の納得」という言葉を繰り返しながら、およそ彼らが求めているのは、本質的な意味での国民の理解や納得でははなからなく、まして理解が得られなかったことをもって、その民意に沿うことでもない。

 結論ありきの誘導に努めるだけであり、それに失敗しても、強行できるならば極力強行する――。そんな政権担当者の姿勢を私たちは散々見てきた。つまりは、国民の本質的理解や納得に辿りつくのが目的ではなく、そこに現れた国民の意思を汲むことも自らの仕事ではない、ととらえているようにしか見えない権力者の姿なのである。

 その姿を重ね合わせると、専門家の口から出された、本来期待すべき「専門性」に基づくものとは異質の、「物語性」の提案に首相が関心を持ったという図は、むしろしっくりきてしまう。専門家の彼に、「あなたには、もっと専門家としての解決策を期待している。あなたはそのためにいるのだから」とおそらく言わなかったであろう首相の姿の方がリアルであるといわなければならない。

 そして、さらに言ってしまえば、こうしたことを平然と言う専門家からも、関心を持った政権担当者からも、そしてこの記事を、疑問符を付けて報じることもないマスコミからも、国民は相当になめられているようにしか思えないのである。



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