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 〈生き方、哲学の問題としての相続〉

 このシリーズの最初に、「相続とは、死んだ人の財産・権利・義務などを親族などが受け継ぐこと」と述べました。その代表的な例は、夫であり父が、妻や子に財産を残し、妻や子が夫・父の残した財産を受け継ぐというものです。

 法律が言っている相続は、そういうことを想定しています。哲学的というか生き方の問題としてみると、「相続問題は、残す人が残された人に、この世で生きていくためにはどのようなものを残してやったらいいのか、残された人はどのようなものを受け継いだらいいか」という問題のように思えるのです。法律と生き方としては、視点が違う気がします。

 生き方の問題として考えると、相続問題は財産を残すかどうかに限らない問題となります。親は子に、何を残してやるべきか、子は親から何を受け継ぐべきかという問題になります。この世で最も身近で最も大事なまわりの人がいっしょに楽しく生きるためにはどうしたらよいかという生き方、つまり哲学の問題となります。

 夫や父の残した財産をどうやったら多くもらえるかという視点ではなく、夫や父が亡くなった後は、残された妻や子は、どう生きたら「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という「いなべんの哲学」を実現できるかという視点で語るものです。

 弁護士が相続に関して書くということになれば、普通は法律のことと思われるでしょうが、ここで書いているのは、どちらかというと生き方、哲学に近い気がします。

 今、この世に生きている人は、80億人と言われています。死んだ人の数、これから生まれてくる人の数を入れれば、どれほどの人間がいるかを分かりません。その中で、一人の男と一人の女が結婚します。誰と誰とが結婚することになるのかの確率は、アメリカ側から流した豆と日本側から流した豆が、広い海のどこかでぶつかり合うような確率です。もうこれは「奇跡的縁」で結ばれたと言うほかに適切な言葉が見つけられません。

 奇跡的縁で結ばれた一組の男女の間に子どもが生まれ、父となった夫、母となった妻は、子育てに懸命になります。父、母、兄弟は、同じ屋根の下で、子どもが高校を卒業する頃までは,起臥寝食を共にすることになります。一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に食べるのです。

 夫婦、親子、兄弟は、「まわりの人といっしょに楽しむ」という「いなべんの哲学」を実践する、最も身近で最も大切なまわりの人です。


 〈財産より人を残すという認識〉

 子育ての段階では、相続問題など考えて生活している家族は、あまりいないだろうと思います。この頃は、父も母も子どもも、子どもたちがどのように成長し、どのような大人になっていくべきかと、子どもの将来を考えてひたすら子育てに熱中します。

 ですから、生き方の問題ととらえた場合の相続問題は、この頃から始まっています。この頃こそ、生き方としての相続の問題に対する正しい認識を共有する基礎を作る大事な時期なのです。

 相続問題に対する正しい認識とは、一言で言うと、「財産を残すより人を残さなければならない」ということです。

 郷土の先輩、後藤新平は、「財産を残すは下、人を残すは上」と言っています。傾聴に値する言葉です。相続と言えば、財産というイメージが湧きますが、人を残すという考え方は素晴らしい考え方です。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


 

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