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 〈どこまで守るべきかは法律によって異なる〉

 手元にある国語辞典には、法律とは「社会秩序を保つために決めた、守るべききまり」とあります。六法全書が手元にありますが、法律の中で多く使うのは、憲法と刑法と民法です。

 憲法は、国の組織や作用などの根本的なきまりを定めたものですが、国の機関と国民の関係では、国の機関は、国民の権利を守らなければならないことが主に定められています。国家と国民との関係はどうあるべきかが定められ、その内容は、国家機関が主権者である国民の命と基本的人権を守らなければならないと、国家機関の国民に対する義務が主に定められているのです。

 刑法は、国民の命と人権を守るため、それを侵害する者に対し、国が処罰できることにしています。ですから、憲法や刑法は、国が国民の命と人権を守るための法律です。国と国民という縦糸の関係を定めたものです。しかもその内容は、主として国家機関の国民に対する義務を定めたものです。国民の国に対する義務は、ほんのわずかしか定められていません。

 これに対し民法は、国民と国民の関係という、横糸の関係を定めたものです。国民と国民のヨコの関係は、国が干渉しないのが建て前です。個人と個人の問題ですから、国は干渉しないのが原則なのです。ですから、民法の規定は、そのほとんどが個人間で決めていない場合を補充する任意規定です。
 

 憲法の定めの下に、民法の相続に関する規定も定められています。天皇主権の明治憲法の下と、国民主権の現行憲法の下とでは、刑法も民法も、その内容が違ってくるのは当然です。相続に関する法律の内容も違ってきます。

 明治憲法下の刑法には、皇室に関する罪が定められていましたが、現行刑法ではそれは削除されています。明治憲法下では民法の相続に関する規定は、家督相続で二男、三男や女子は相続権がなかったのです。現行民法では均等相続となり、女子にも相続権があり、平等に相続できることになりました。

 法律は、国民が守らなければならないきまりですが、国民がどこまでそのきまりを守らなければならないかは、法律によって違います。厳しく守らなければならないものから、国民が決めたら、それが優先するものもあります。

 刑法は、「人を殺したる者は、死刑、無期懲役または5年以上20年以下の有期懲役に処する」と定めています。守らなければ、死刑に処されるものさえあるのです。法律によっては、そのきまりを守らないと、命を奪われてしまうという恐ろしいものもうあります。

 これに対し民法の相続の定めは、「遺産は遺言書や遺産分割協議書がなければ、法定相続分によって分割する」などと定めています。これは、国民が自分で決めれば国は干渉しないが、もし、国民自身が決められなかったら、国はそのきまりに従って決めてあげます、というものです。

 このように、そのきまりに従う必要のない法律もあります。相続に関する民法の定めは、国民が法律の定めに従わなければならないものではないのです。国民が自ら定めなかった場合の補充規定です。


 〈法律は最低限のモラル〉

 法律は国民が守るべききまりと言っても、法律にはこのように刑罰をもって強制するものと、国民自身が決めたことの方が、国の決めた法律に優先するきまりもあるのです。ですが法律は、国が社会秩序を保つために国民に守るように求めるものですから、最低限のモラル(倫理、道徳)に適うものでなければなりません。そうでない法律は、悪法といわなければなりません。

 法律は、最低限のモラルに適う内容となっているはずです。法律が国民に求めているモラルの程度は、最低レベルのモラル、つまり人間として最低限これだけは守らなければならないというレベルのモラルであるということを認識しなければならないのです。

 従って、国が国民に対し、社会秩序を守るように求めたきまりである法律さえ守っていれば、それで『人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに楽しみ尽くすのみ』という生き方を実現することができる、ということにはなりません。人間の生き方のモラルは、法律が求めているより、ずっとハイレベルなのです。

 「人を殺したら死刑にする」という刑法のきまりはありますが、人を殺さなければ、それだけで立派な生き方をしているなどと考える人はいないでしょう。人を殺さないとか他人の物を盗まないなどということは、人として最低限のモラルに過ぎません。法律があろうとなかろうと、人間として当然しなければならないのです。

 法定相続分に従って、裁判所から遺産分割をしてもらったから、立派だなどと言えるのでしょうか。法律や裁判でなければ、遺産分割ができないということは、情けないことなのです。法という最低レベルのモラルに従って生きているということになるのです。もっともっと高いレベルのモラルを持って、相続問題を解決してほしいのです。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


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