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 〈「地動説」「進化論」への弾圧〉

 「学問の自由」は、なぜ、保障しなければならないのか――。ここまで述べたことで、この問いに対する答えとして、「学問研究は、過去に迫害された歴史的な経験があるから、そのようなことを繰り返さないために、日本国憲法の制定権者である日本国民が、『学問の自由はこれを保障する』と謳った」ということは、お分かり頂けたと思います。経験則による知恵なのです。

 ここでは、過去に学問の自由が迫害された例をいくつか挙げて、学問の自由は保障されなければならないことを再確認してみます。まず、世界に目を向け、その後に、日本の学問の自由に対する迫害の歴史を見てみます。

 西洋社会は、キリスト教徒が多いようです。キリスト教については、全くその内容を知らない身としては語る資格がありません。ですが、キリスト教の教えと、新しい研究の成果が、相容れない結論となった場合に、その学問研究にキリスト教社会から圧力が掛からないだろうか、という心配が出て来ることは当然だと思います。

 地球は、創造主たる神が創り出し(創造説)、その地球を中心に、星も太陽も回っているというキリスト教の考え方は、太陽を中心に地球も回っている、というガリレイ(1564年~1642年、イタリアの天文学者・物理学者)などの地動説を受け容れられず、宗教裁判をするなど、地動説に弾圧を掛けたという歴史があったようです。このようなことは、どこにでも大いにあり得ることだと思います。

 同じようなことですが、キリスト教では人間も、その創造主は神だとするのに対し、ダーウィン(1809年~1882年、イギリスの生物学者)は、「進化論」を発表し、人間は猿から進化したという考えを述べたところ、キリスト教の教えに反すると、弾圧を受けたとのことです。これもあり得る話だと思います。神が創ったとする人間が、猿から進化したと言われては、キリスト教の信者は納得し難い気がします。

 付け焼き刃的知識によれば、「旧約聖書」では、神が土で作った最初の人間がアダムで、そのアダムの肋骨から作られた妻のイブとともに、禁断の果実を食べて、エデンの園から追放されたとなっているようです。

 キリスト教の創造説を信じているキリスト教国やキリスト教徒にとっては、創造説に反する学説には、異議があると思いますが、権力や集団の力で学説を弾圧することは、学問の自由を侵すものであり、学問の本質を崩壊させてしまうものです。

 このような体験を踏まえて、日本国憲法制定権者である国民は、このようなことを許してはならないという考えで、日本国憲法23条の学問の自由の保障の規定を宣言したのです。

 「地動説」も「進化論」も現代人には、常識となっています。前記の通り、「註解日本国憲法」は「學問の進歩及び發見は一般の常識的な世界觀からみれば奇異に感じられることが多く、常に世間の常識的な見方から反對され、場合によっては迫害されるのであるが、やがて眞理の力によって説得せずにはいなかったということが人類の歴史的體驗である以上、この歴史的な經驗を謙虚に尊重すべきである」と述べ、見事に学問の本質と、学問の自由の保障の必要性を看破しています。さすが「註解日本国憲法」です。


 〈排撃された「天皇機関説」〉

 学問の自由に対する世間や権力からの弾圧は、洋の東西を問わずにあったようです。日本における学問の自由に対する弾圧の代表例は、天皇機関説事件と瀧川事件です。この二つの事件は、日本における学問の自由の弾圧事例として、多くの憲法の教科書で取り上げられています。ここでは、そのアウトラインだけを紹介します。

 天皇機関説は、憲法学者の間では通説でした。その骨子は、国家は法人、つまり法律上、人間と同じように権利や義務を持つと認められている組織であり、君主や議会や裁判所は、国家という法人の機関だという考え方です。機関とは、ある活動を具体的に行うために作られた組織です。

 天皇機関説は、天皇も国家が活動するための組織、つまり機関の一つだという考え方です。会社で言えば、取締役や代表取締役の役回りを担うものです、列車の機関車みたいなものだから、機関と言ったのでしょう。

 ところが軍部が台頭すると、昭和7(1932)年、5・15事件で犬養毅首相が暗殺され、昭和10(1935)年には、軍部によって天皇機関説が排撃されました。

 貴族院議員でもあった東京帝国大学教授、美濃部達吉が天皇機関説の正当性を弁明しましたが、これに対し国は、不敬罪の疑いで美濃部を取り調べ、そのまま貴族院議員を辞職に追い込みました。

 不敬罪とは、天皇に対し敬意を払わないという罪です。天皇は、神であるという考え方によるものです。「天皇を、列車を引っ張る機関車の如く言うとはけしからん」と言う訳です。美濃部の著書「憲法撮要」「逐条憲法精義」「日本憲法の基本主義」の3冊は、出版法違反として発禁処分となったのです。

 これは、明らかに学問の自由に対する国家機関による不当な弾圧であり、干渉です。こんなことを許しては、学問研究は成り立ちません。

 昭和天皇は、機関説には賛成で、美濃部の排撃で学問の自由が侵害されることを憂いていたとの話も伝わっています。しかし、軍部は「天皇は神である。その天皇を、国の機関に過ぎないという考え方は許し難い」などと言って、軍国主義に突っ走ったのです。

 その結果、日本は日中戦争、太平洋戦争に至り、敗戦となったのです。「天皇万歳」などと叫んで死んでいった人は、どれほど多くいたのでしょうか。学問の自由に対する侵害は、戦争につながる危険性があることは歴史が物語っています。

 学問の自由に対する侵害を許したら、憲法9条が改定されかねなくなるのです。9条改定を阻止するためには、学問の自由の保障を守らなければならないのです。

 (拙著「新・憲法の心 第29巻 国民の権利及び義務〈その4〉」から一部抜粋)


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