司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈ある血圧をめぐる話〉

 

 開口一番、「血圧を測ったら、上が140、下が90でした。これを、どう思いますか」と質問しました。中年の女性が、「高いと思います」と答えました。「この患者は、普段は上が160、下は100くらいです。この場合ならどうですか」と質問を続けました。その御婦人は、「普段より低いのですから、その時に限って言えば特に問題ないと思います」と答えました。正確には、このような答えだったかどうかについての記憶は定かではないのですが、そのようなお話だったような印象が残っています。

 

 血圧は、一般的には、「上が130を超えたら気を付けた方がよい」と言われるようになってきています。それが血圧に関するマニュアル(手引き、説明書、教科書等)です。しかし、これは一般的なガイドライン(案内図、目標線)に過ぎないのです。患者によっては、それがそのまま当てはまらない人もいるのです。普段150を超えている人にとっては、140は普段より低いのですから、この人に限って言えば、特別心配な数字ではないのです。

 

 私の家内は、普段上(最大血圧)で100くらいしかありません。130を超えると、体調が悪くなると言います。140となったら、頭痛がしたり、めまいを感じると言っています。他方、かつて私は、180くらいになることは珍しくなく、時には200を超え、220~230くらいまで上がりました。180~190では、特に体調の異変を感じませんでした。さすがに230くらいになると、寝ていて天井が回り、夜中に病院に駆け込み、舌下と呼ばれていた強い血圧降下薬と点滴を受けました。その頃の私にとっては、140の血圧はめったになく、普段より低すぎるくらいでした。

 

 このように、マニュアルの数字が誰にでも当てはまるものではありません。患者一人一人によって、その時の状況によって、血圧の数字に対する評価が違うのです。同じ人でも、それまでの経過よって、その時の血圧に対する評価は違うはずです。違わなければならないのです。血圧に限らず血糖値だって、腎臓の状態を示すクレアチニン値だって、同じなのです。そこに至った経過を無視して、ワンポイントの検査データだけで正しい診断は、できないのです。42の厄年から生活習慣病の治療に明け暮れ、生活習慣病に関する駄文を18冊発行した経験から、このことは自信をもって言い切れるのです。

 

 最近のマニュアルや手引きや教科書では、「血圧は上が130を超えたら、高血圧症を気を付けたい」などと書いているものもあります。テレビのコマーシャルでも「130を超えたら、血圧に気を付けましょう」などというものを目にすることがあります。一般論としては間違っていないのかも分かりませんが、マニュアルが個々の患者一人一人すべてに当てはまるものではありません。

 

 マニュアルに当てはまらない患者は少なくないのです。その患者の個性と、その患者がその数字に至った経過を精査しないと、正しい診断はできないはずです。診断は、患者の個性とその患者の既往症やそこに至った経過を無視してはできないのです。一時点の検査データだけをマニュアルに当てはめても正しい診断はできないのです。

 

 私は、その御婦人の「140は高い」という答えに対して、「その答えは、若い医師の答えですね。私くらい年配で経験豊富な先生なら、そういう答えはしないはずです」と言いました。いささか高慢ともいえる話し方になりましたが、30年以上にわたり、日夜生活習慣病に向かい合い、10回の手術と、数えきれないほどの入通院の繰り返しの中で、身に染みた体験からくる揺るぎない経験則によるものです。経験豊富なドクターなら、その患者のこれまでの経過を踏まえて、「今日は少し高めですね」とか、「今日は低めですね」と診断するはずです。

 

 その患者の病歴、つまり既往症など見ないで、一時の検査データだけを見て、「血圧が高い」とか「高血圧症だ」などとは診断しないはずです。140に至っている、それまでの過去の経過を見ないで「高い」とか、「低い」とかの診断をしないはずです。何年何月何日何時何分の血圧が、140だから、「高血圧」などという診断はしないはずです。そんなピンポイントの検査データだけで診断したら誤診をしかねません。そこに至った経過を精査しなければ、正しい診断はできないはずです。

 

 

 〈ワンポイントデータとマニュアルで生まれる誤診・誤審〉

 

 なぜ、こんなことをいきなり申しあげるかですが、経験の少ない医者や裁判官は、ワンポイントのデータや争点だけを絞り、それにマニュアルを当てはめ、誤診や誤審をしていると思えるケースが少なくないからです。本件判決も、その一例だと思うからです。

 

 マニュアル頼りの若い医師と、経験を積んだ医師との違いは同じ医師資格はあっても、診断内容が異なることが出てくることは、やむを得ないところです。私が師と仰ぐ昭和大学客員教授の出浦照國先生(平成28年4月死去)は、常々、「マニュアルで対応できる患者は10%いるかどうかだ」と言われました。

 

 先生は、「一時点のデータだけで、そのデータか出てきた経過を見ないで診断したら、ほとんどは誤診することになる」と仰っていました。「なぜ、そんな検査結果が出たのか」の、そのなぜが大事だと言うのです。一時のデータそのものより、そのような検査結果がどのような経過をたどって出たのか、その経過を見なければならない、と教えて下さいました。深く共鳴しました。

 

 このことは、裁判でも同じです。法律上の争いについて裁判所が判断を下す裁判においても、一点だけを見て、そこに至った経過を見なかったら、正しい審判はできないのです。誤審(判)となるのです。

 

 本件判決は、「奥州市が市所有地内の建設廃棄物の処理費用を支払った」というワンポイントに絞って、それが違法かどうかを判断し、そこに至った市長以下幹部職員の違法、不当な行為を全部捨ててしまうという過ちを犯したために誤審をなしたのです。
 
 
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