〈権力者による「公共の福祉」の悪用〉
日本国憲法は、97条で「基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と述べる一方、12条では「この憲法が国民に保障する事由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保障しなければならない」と定めている。国民は、自らの基本的人権を自らの絶え間ない努力によって完全な状態に保ち続けなければならない。これが「国民の基本的人権の保持の責任」である。
この「国民の基本的人権の保持の責任」という認識も国民には薄いと思えてならない。それは、国民に対して、それを説き広めるという役割を果たす人がいないからである。学校教育レベルでは足りない。もっと深く説き広めなければならない。
その役割を果たすのも、弁護士の重大な社会的使命だと確信する。従って、地方弁護士にとっても基本的人権は、国民の絶え間ない努力によって保ち続けなければならないということを地方住民に発信し続けることは、社会的使命であると確信する。
憲法12条の基本的人権に対する国民の責任の規定は、前段の「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という部分は、ほとんど議論されることはないが、後段の「国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のために利用する責任を負う」の部分は、いつでも話題となる。
それは国家機関が強権、つまり強制的な権力を発動しようとする場合に、この部分の規定を悪用しようとするからである。他方、そうはさせないという良識を持った国民も多くいるはずである。その代表が弁護士と言われるようになるのが、弁護士の社会的使命である。
「公共の福祉」という言葉を、広辞苑は「社会構成員全体の共通の利益」と解説したうえで、「基本的人権との調和が問題にされる」と述べている。「公共の福祉」にどのような意味・内容を盛り込むかは、基本的人権の本質と、その責任を論じるうえでは、最も重大なことである。この問題を避けたら、国民の基本的人権の本質と責任を語ったことにはならない。公共の福祉という言葉を権力者に濫用されないように歯止めをかけるのは、弁護士の社会的使命である。
広辞苑は「公共の福祉」について、「基本的人権との調和が問題とされる」と指摘するに止めているが、国語辞典であり、憲法の専門書ではないのだから、それ相応の対応であろうと思う。しかし弁護士は、地方弁護士と言えど、法律の専門家である以上、それぞれの見解は示さなければならない。その見解を地方住民に分かりやすく示して、地方住民の認識を高めることも、地方弁護士の社会的役割であると確信する。
〈監視役としての弁護士の役割〉
そういう思いで、公共の福祉と基本的人権の関係についての私見を誰にでも分かるように言えば、「公共の福祉」をより多くの人の幸福などと言うように、数の多い少ないの問題で考えてはならないと、まず断言したい。
国民全体のために、若者に特攻隊を命ずることなどは許されない。村全体のためなら、村娘に人柱になってもらうなどということは許されない。公共の福祉という言葉で、そのようなことが許されるとしたら、公共の福祉は、基本的人権を侵害する悪法ということなる。この言葉は不要というより、有害な存在となってしまう。
「公共の福祉」という言葉が、時の権力者によって、そのような形で悪用されることのないように監視するのは、最終的には国民の責任であるが、まず、その監視役は、弁護士の役割である。
「公共の福祉」という言葉の意味は、「基本的人権と基本的人権がぶつかり合うことが予測されるので、自分の基本的人権だけでなく、他人の基本的人権も考えなければならない」という程度に理解すべきである。「公共の福祉」という言葉で、人命や人権を制限することはできない。そのことを地方弁護士は地方住民に発信することも、その社会的使命である。
このシリーズは憲法についてではなく、地方弁護士の社会的使命について述べるものだから、これ以上は憲法論を詳しく述べるつもりはない。関心のある方は、これまで発行した憲法に関する駄弁本をお読みいただきたい。30冊くらい発行している。
弁護士、従って地方弁護士も、憲法を国民に、地方住民に分かりやすく説き広めることは、その社会的使命の根源的なものと確信している。ここでは、そのことを強調したい。
このシリーズは、「地方弁護士の社会的使命」というタイトルだが、地方弁護士の社会的使命を学問的に分析したり、理論的に解説するものではない。地方弁護士として、社会のためにこのように役に立ちたいという自分の願望を述べるものに過ぎない。
地方弁護士の社会的使命は、人命と人権の擁護にあることは、弁護士法第1条が明言しているのであるから、疑いの余地はない。問題は、その使命を果たすための具体的な方法である。その一つとして、憲法の伝道師になりたい、と述べた。それが地方弁護士である自分の社会的使命であると確信している。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~16巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
お問い合わせは 株式会社エムジェエム出版部(TEL0191-23-8960 FAX0191-23-8950)まで。
◇千田實弁護士の本
※ご注文は下記リンクのFAX購買申込書から。