司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 ユバル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」が強調しているのは、現在の人類文明の中心をなす《ヨーロッパ文化の核心は、科学(実験による実証と数学)》にあるということだ。そしてその科学は、時の権力、金力に支えられ進化して来たものであり、権力、金力への欲望が、科学者達や錬金術師をサポートしていなければ科学の発展もあり得なかった。その科学の発展成功を理論面で支えたのが数学理論だった。西洋科学の特質もこの数学にある。紙も火薬も中国人の発明品であったが、その原理を、数学という普遍的な言葉で表現するという着想が中国人にはなかった。火薬は武器としてよりも、祭り用の爆竹として用いられた。

 

 数学が現在の欧米人の発明というわけではなかったし、ローマ人の発明でもなかった。数学は、ユークリッドで有名なギリシャに生まれ、アレクサンダー大王の遠征と共にインドに渡り、ペルシャに戻って、アルジェブラ、代数学となり、その代数学を用い、中世都市の人文主義者達が、天文観測の結果得られた法則を数式として表現した。それはやがてニュートンに受け継がれて行き万有引力の発見ということになる。

 

 ユバル・ノア・ハラリ氏は、その博識をもって、21世紀の我々に、「文明の構造と人類の幸福」につき教えてくれるが、その論述の全体を包み込むようにして、現代科学の到達点、21世紀の科学の行方についても、根っからの「文科系」の我々の頭にも分かるように、それをさりげなく教えてくれる。彼の著作が世界中のベストセラーになった秘密は、実はそこにあったのではなかろうか。ニュートンからアインシュタイン、量子論、ヒッグス粒子、分子生物学の現在に至る科学の目で、法律文化、法学、法解釈学も含めて「幸福を求める人間」がその時々に作り上げた神話について、縦横無尽に論じ展開する。

 

 実際、我が国の法律、法学、法律解釈学ほど、その表現に比して、形式論が優先し内容の薄いものはない。確かに統治技術の実用の学とはいえ、諸外国にあるような、「法と経済学」とか「法と言語学」とかそのような科学的学問があっても良いのにわが国には無い。その欠陥は、菅官房長官が良く口にする我が国は法治主義であるという安倍内閣閣僚、官僚の独り言に近い国会での法律論を観察すれば良く分かる。哲学は当然、経済学等その他の社会学系、すなわち文科系学問の大半が権力と体制の吐き出した神話に過ぎないのであって、時代を超えて検証に耐えてきた理論は、結局、ヘーゲル、マルクスから我妻民法学、宮沢憲法学に至るまで存在しない。ハイデッガーも法学者ラートブルッフもナチ党の党員だった。西田哲学「善の研究」を読む人は、今はもういない。埴谷雄高さんともさよならだ。

 

 とはいえ、集団をまとめるために人間が、時々の時代に応じ、便宜考案する神話を、ハラリ氏が、進化論や生命科学や分子生物学や、一般相対性理論に比べ無駄であったと言っているのではない。500年をかけて発展して来たヨーロッパの科学技術も、どこまでも富を求める強欲なヨーロッパの王様、貴族、官僚の政治思想(イギリスの立憲王政と議会主義)や、司法という統治技術に支えられていたからこそ発展して来たのであって、今日もそうだが原爆からミサイル、地上を狙う有人宇宙ステーション等、軍事技術の要請が無ければ、人類2万年の文化において、これほど急速な科学技術の発展、拡がりは無かったであろう。

 

 人間は、集団を組んで、モノやサービスを作り、配分し、集団としての人間を再生産して行くのであるが、それには道具としての科学技術の他に、もっともらしい神話も、その生産レベルにふさわしい神話(卑弥呼や万世一系の天皇)が必要であり、人間はそれを作らなくてはならないし、解釈学も儀式も必要だ。それをはやらせ、定着させる官僚も必ず必要である。そのような人間のありさまを、ハラリ氏は、宇宙人のように、天上からの目線で観察している。

 

 人間という生き物が、スペイン人、ポルトガル人、イギリス人が、アステカやマヤの何百万人の人達、何百万人のアボリジニー、マオリ人、アメリカインデイアンを殺害し、一方で、食べるための動物、家畜という名の動物が、工業的に大量生産され、その成果であるハンバーガーを世界中にばらまき、その陰で人間は幾万種の生物種を絶滅させて来た。その人間の「業」を眺めながらも、若き人類歴史学者、ハラリ氏は、人類種、ホモサピエンスの未来について絶望しているわけではないようだ。

 

 科学技術の発展が続く限り、それを「人間の幸福」に役立たせればわずかだが望みがあると見ている。しかし日本の政治家たちや、「日本会議」の季節外れのイデオロギーが日本人の新しい神話となれば、第3次世界大戦が勃発し、人類の三分の二は死滅する。それは間違いない。しかし、人類の残された三分の一は、放射線を浴びながらもなんとか生き続けるに違いない。多くの生物種を絶滅させてきた人類種はしぶといのである。



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