司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈経過を無視した判断〉

 

 この血圧の話(前回参照・編集部注)は、奥州市の二つの住民訴訟の一つである奥州市胆沢統合中学校用地住民訴訟の判決が、原告敗訴という格好で出された翌日、平成29(2017)年4月22日の原告住民と支援する会で、判決に対する所感を述べるように求められ話をした、その切り出し部分です。

 

 私が血圧などの場違いの話から入ったのは、一時点だけのワンポイントだけをとらえて、それまでの経過を無視した判決に腹が立ったからです。まるで経験不足の若い医師の誤診(断)みたいな裁判所の誤審(判)に腹が立ったからです。

 

 46年間の田舎弁護士の体験の中で、これまでも同じような思いをすることが多くあり、その私の思いをどう語ったら一般大衆に分かり易いかを考えていましたが、この会場には年配の方が多かったので、血圧の話を持ち出したのです。普段から聴く人や読む人のことを考え、どうしたら伝わるか、ということには気を遣っているつもりです。

 

 つまり、この判決、「市所有地に埋設されていた建設廃棄物の処理費用を市が支出したことそれ自体は違法ではない」とし、市長以下の市幹部職員が、①その土地の地中に建設廃材があることを知りながら買ったことや、②その建設廃材の撤去費用を担保権者(売主からその土地を抵当に取っていた金融機関)との間で、市が負担するという民法と異なる覚書を交わしたこと、③①、②の経過を議会には知らせないで、建設廃棄物の処理費用の支出を議会に議決させ、④その結果、市が廃棄物処理料を支払ったという経過は認定しながらも、そのことは、廃棄物処理料の支払い自体の違法性とは関係ない――としたのです。

 

 市所有地となった以上、市所有地に埋設されていた建設廃材の処理料は、市が払うのは当然と言うのです。これは、それまでの経過を全く無視したもので、その結果、誤審(判)したものです。原告住民も支援者らも私も納得できません。この判決は、「市が廃棄物処理料を支払った」というワンポイントに絞り、それは違法とは言えないと述べているのです。そもそも、そのような問題をワンポイントに絞ったことに誤審の原因があるです。

 

 会場には、この裁判を熱心に支援してくれている社長さんが、前列の席におられました。「今、私も社長さんも、富士山の8合目にいるとします。これをどう評価しますか」と問題を投げかけました。そのうえで、「私は、二人の息子に支えられ、やっと8合目まで辿り着いたが、もうこれ以上登れません。歩くことさえできません。社長さんは、走るが如く頂上まで駆け上がり、走るが如く8合目まで下ってきたのです。そして、これからすぐまた走って下山しようとしています。元気一杯です。余裕です。このような私と社長さんの体力をどちらも8合目にいるというだけをもって、同じだと評価する人は、一般通常人なら誰もいないでしょう」と話を続けました。

 

 40名くらいの出席者の皆様は、「それは、そうだ」と納得された様子でした。こんなことは、誰だって理解できます。納得できます。

 

 この感覚が、「それは、そうだ」と納得してくれた、この感覚が、普通人の感覚なのです。これが世間の常識であり、一般通常人の感覚なのです。この判決は、世間の常識と異なっています。一般通常人の感覚に反しています。

 

 血圧測定したら、「上が150ある。これは高血圧だ」とマニュアルだけで、私の状態を決めつけたら困ります。そのうえ、「安静が必要だ」などと診断されては、仕事に支障が出ます。普段160くらいあり、それで体調が悪くないのですから、150は、むしろ普段に比べれば低いくらいです。「今日は調子がいい方だ」と言ってもらうべきです。現に私は調子がいいのです。それをマニュアルだけに当てはめ、「高血圧症だから休まなければならない」と診断されたら困ります。

 

 1点だけに絞って、一時期のデータだけを見て、そこまでに至った経過を無視したら、正しい判断はできないのです。違法かどうかという審判も、そこに至った経過を見ないでは、正しい審判とはならないのです。この判決は、前記①、②、③の経過を無視し、④だけをワンポイントに取り上げ、誤審したのです。

 

 

 〈一般通常人の感覚〉

 

 富士山の8合目にいるから、健常だと決め付けられたら困ります。私は、息子たちに担ぐようされて、やっと8合目に辿り着いたのです。もうこれ以上一歩も歩けないのです。それどころか、呼吸も脈も止まりそうなのです。早く治療をしてもらわなければ、絶命しかねないのです。これから8合目から一気に走り下りようとしている社長さんと同じ健常者扱いを受けたら困ります。そのような診断は誤診です。くどくなりましたが、このような説明なら分かってもらえるのではないかと、私なりに工夫して、話しているつもりです。

 

 こんなことは、誰だって分かってくれるだろうと思うのです。ところが、こんなことが分からない人がいるのです。理屈とか、理論とか、マニュアルとかに毒され、マニュアルとか法律理論に凝り固まった経験不足の医師や若い裁判官の中にいるのです。この判決を読み、法律理論に毒された裁判官のなした誤審(判)だという印象を持ちました。常識や世間と乖離した判決だと確信します。

 

 こんなことは、一般通常人なら分かります。つまり、普通の人なら分かるのです。一般通常人は、健全な経験則を持っていますから、この違いは分かるのです。通常の経験をあまりしていない人間の中には、健全な経験則が構築されていないため、この違いに気が付かなかったり、見落としたりする人たちがいるのです。

 

 そのような人たちのなかには、子供の頃より勉強ばかりしていて、遊びもスポーツもクラブ活動もほとんどしないで、偏差値は高いが、世間一般の生活にはあまり馴染みのないため常識は低いというか常識が足りない人たちがいるのです。一流高校→一流大学→医師試験・司法試験をストレートで合格してきたというような人たちには、時々、そのような人が見受けられます。

 

 もちろん、そういう人たちは、もともと頭が悪いはずはありませんから、経験を積めば、立派な医師や裁判官や弁護士になるでしょうが、経験不足の時は、誤診も誤判もするのです。この判決は、そういう裁判官によってなされた誤審だと、私は確信します。
 
 
「田舎弁護士の大衆法律学 岩手県奥州市の2つの住民訴訟」(株式会社エムジェエム)本体2000円+税 発売中!
  お問い合わせは 株式会社エムジェエム出版部(TEL0191-23-8960 FAX0191-23-8950)まで。

 

◇千田實弁護士の本
※ご注文は下記リンクのFAX購買申込書から。

 

 ・「田舎弁護士の大衆法律学」シリーズ

 ・「黄色い本」シリーズ
 ・「さくら色の本」シリーズ



スポンサーリンク


関連記事

New Topics

投稿数1,193 コメント数410
▼弁護士観察日記 更新中▼

法曹界ウォッチャーがつづる弁護士との付き合い方から、その生態、弁護士・会の裏話


ページ上部に