司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 刑事司法の問題を考えるとき、そもそも権力に対して国民がどこまで警戒感を持てるか、というテーマに突き当たる。そして、そこで常にネックになってきたのは、大きく括ってしまえば二つのことではないか、と思う。一つは、距離感。司法に対する縁遠さと表現されることもあるが、自分にはかかわりがない、という認識、要は他人事だ。

 

 自分は関わることも、巻き込まれることもない。巻き込まれるのは、「犯罪者」であったり、「反社会的」な人間たちであり、そうした存在ではなく、彼らのやっているようなことに手を染めることはない自分には、生涯関係ない。仮に権力による人権侵害が発生していようとも、自分に及ばないということで思考が停止するか、抑制されがちになるということである。

 

 そして、もう一つは、権力に対する肯定的な固定観念。信頼という言葉をあてはめる人もいるかもしれないが、人権侵害を含めて、そんな不正義を実行するわけがないという強い思い込みである。前者よりも、積極的な意味を持つ分、こちらの方が厄介というべきかもしれない。

 

 この場合には、国民の側が制度的な建て前を強調するという場面に出会うことがしばしばある。制度が本来、どうあるべきか、ということは、もちろん主張されていいが、現実にそうあるはずだ、ということが、どこかで混同されている。彼らは公僕であって、国民のために働いているはずだといっても、たとえそれが、そうやらせるべきだ、という意味合いであっても、当然、彼らが常に忠それに実であるという前提に立てることを意味しない。つまり、疑わなくていいことには少しもならないのである。

 

 この肯定論は、当然、彼ら権力側の言い逃れに、とても有効に手を貸すことになる。だから、警戒論に対して、「彼らがまさかそんなことするわけがない」といった「陰謀論」に向けられるような蔑視と思い込みもまた、非常に彼らに好都合だ。すべての陰謀が、その蔑視と思い込みのなかで、まんまと成就されるように。

 

 「はっきり言って私には、『被疑者・被告人の権利など守られるべきではない』というのが日本国民の多数意見であるとしか思えない」

 

 こう指摘する弁護士ブログがある(「弁護士三浦義隆のブログ」)。彼は、今、社会が注目し出している、いわゆる痴漢冤罪は痴漢特有の問題ではなく、刑事司法問題全体の問題が反映し、そこには「被害者供述や捜査段階の自白などの供述証拠を安易に信用し、強引な事実認定で有罪判決を書く裁判所」「あの手この手で自白を迫ったり、被疑者の供述を都合のいいように解釈して供述調書を『作文』したりする捜査機関」「否認すると逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれありとされ、長期勾留されやすくなるいわゆる人質司法の問題」「捜査機関が被疑者の氏名等をマスコミにリークするため、罪を犯したか否かはっきりしない段階で実名報道がなされてしまい社会的制裁を受けるという問題」がある、とした。

 

 こうした問題点の指摘に多くの人は「けしからん」と思うのではないか、としながらこう続ける。

 

 「しかし、多くの日本国民が、普段からこうした刑事司法のあり方に批判的な視点を持っているかというと、決してそんなことはないと思う。というか、むしろこうした刑事司法を積極的に支持している人が大半だと思う」

 

 痴漢冤罪が、たまたま自分や夫・恋人が巻き込まれるかもしれない、という点で、前記したネックの前者の方をややクリアしていた、という見方はできる。つまり、これは決定的な刑事司法に対する警戒感なき社会の裏返しなのだ。ブロク氏も言うように、「痴漢以外の罪も含め、また冤罪だけでなく真犯人も含め、被疑者・被告人一般の権利を守ることでしか、痴漢冤罪被害者の権利が守られることもない」という認識に到達できない現実が、決定的に存在している、ということなのである。

 

 刑事司法の問題では、前記指摘のほかにも、例えば弁護士会のなかでは、検察官の手持ち証拠の開示問題が延々と取り上げられてきた。被告人にとって、有利な証拠が、現実問題として開示されないという事実。無実を含めて、被告人とされた市民に重大な結果を及ぼすことになる事柄に、慎重どころか完全に背を向ける行為が行われる、ということ自体、一体、検察の目的は真実を追及することか、それとも真実はともかく有罪にすることなのか、と問われておかしくない。メンツや勝ち負けではなく、正義に基づく結論にたどりつくことこそ重要ということではないのか。信じられない現実である。

 

 日弁連は、既に1968年に検察官手持ち証拠の事前全面開示を要求した決議の提案理由なかで、こう指摘していた。

 

 「公益の代表者たる検察官が、民事事件の原告代理人の如く、勝ち負けにこだわるような態度でよいのであろうか」

 

 国民の権力に対する警戒感、不信感が決定的に不足している現実、そのことによって、この国で何が延々と変わらないのか――。まず、その視点が必要であるように思えてならない。



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