〈「裁判員制度に関する検討会」の基本的スタンス〉
前述したように、裁判員制度は国民の主体的参加が得られてこそ成り立ち得る制度として提言され立案されたものである。法務省裁判員制度に関する検討会のメンバー11名のうち、井上正仁氏は、司法審委員であり司法制度改革推進本部・裁判員制度刑事検討会座長であったものであり、酒巻匡、四宮啓、土屋義明の3氏も同検討会の委員であった。ほかに、同検討会は最高検、東京地裁のメンバー等から構成されたものであり、凡そ裁判員制度の根本的検討などは視野には入っていなかったことは明らかである。
同検討会委員の残間里江子氏は、第1回検討会の席上、「検討した結果、裁判員制度が良くないのではないかという方向に仮に意見が行った場合、裁判員制度をなくすということは視野に入るのかどうか」「多分普通の人に『検討しよう』と言うと『成否も含めて』という言い方になるのではないかと思っているものですから」と質問したのに対し、辻刑事法制管理官は、「なかなか難しい問い掛けなのですが……およそなくすということは考えていないところです」と回答している。このことは、この検討会の意見として纏められるものは、当初から制度存続を狙ったものであって、その存廃に関わるものではないことは既定の事実であり、仮にこの制度の検討に際して制度存続に不都合な真実が明らかになった場合には、それには見て見ぬふりをして制度見直し案を作成しようとしていたということである。
今回の裁判員法改正案はかかる立場で出された意見書に基づくものであり、それ故、裁判員制度の見直しの議論は実に底の浅いものでしかなかった。かかる改正法案を検討する国会は、提案者に対し、この制度の抱える問題点について根本に立ち返って遍く検討したのかをまず厳しく問い質し、その検討が不十分であれば、国民の立場に立って徹底的に問題点を国会自ら洗い出し、前記残間委員の問い掛けにもあるように、成否を含めて検討を加えるべきである。
この検討会は、最高裁の裁判員裁判実施状況の報告を受けて、概ね順調に運用されているとの認識のもとに作業を行っている。その判断の根拠としては、参加した裁判員が参加に肯定的、好意的意見を述べていることを挙げていた。しかし、裁判員として刑事裁判に参加したいか否かという、主体的参加という制度の本質にかかる質問に関する最高裁の意識調査の結果については検討した形跡は全く見られない。
2013年1月発表の最高裁の意識調査結果によれば、最高裁・法務省・日弁連法曹三者の必死の宣伝広報活動、裁判員経験者からの「良い経験だった」などの意見の発表にも拘らず、年を追って参加希望者は少なくなり、最近の調査では男女合わせて85.2%が参加に消極的な意見を述べ、特に女性は91%が参加に消極的意向を示し、うち男女合わせた数値では44.6%が、女性だけを見ればその半数を超える53.7%が義務であっても参加したくないと回答している。そのことは10万円以下の過料を払っても参加したくないとの意思表示であり、順法精神豊かな日本人としては実に驚くべき拒絶反応を示しているということである。かかる制度の根幹に関わるデータを無視した意見書に、いかほどの価値があるというのであろうか。
前述のように、現裁判員制度は裁判員参加の罰則付き強制を定めているのに、最高裁の調査項目は「刑事裁判や司法などに国民が自主的に関与すべきか」だけを取り上げて、参加を強制しているこの制度の是非についての設問はない。
かかる偏頗な資料を基にした検討会の検討は、施行3年後制度見直しの意見としては、その内容如何を超えて、全く採用し得ないものとして、国会は、検討やり直しを内閣に求めるか、両院それぞれが特別委員会を設置し時間をかけて、イギリス議会にも劣ることのない徹底的な審議をすべきである。
〈国民の目のところで論じるべき〉
討議民主主義の理論をそのまま司法の場に持ってくることは到底容認し得ないけれども、国会は、「討議民主主義の具体化を」と叫ぶ意見(寺沢泰大参議院行政監視委員会調査室調査員の意見)には真摯に耳を傾け、党内、会派内だけではなく、国民の目の届くところで、司法の根本政策の問題を論じて欲しい。
法務省内の検討会が出した案をベースにした改正法案は、いわばカップ麺の具に過ぎない。それにお湯を注いで一丁上がりとするような議案の審議ではなく、本来そのカップに入れるべきものは何か、何故にそのような具が出来上がったのかから徹底的に議論すべきだということである。最近、西野喜一新潟大学名誉教授が著された「さらば裁判員制度・・・司法の混乱がもたらした悲劇」がミネルヴァ書房から刊行された。裁判員制度運用による諸々の弊害、最高裁判所変節による司法の危機、その他裁判員制度の本質に関わる問題を遍く詳細に検討されたものであり、制度3年後見直しのための資料としては実に恰好な著書であるから議員はこの著書を熟読し討議の参考にしていただきたい。