〈立て続けに姿勢を表明した最高裁〉
最高裁判所大法廷が昨年(2011年)11月16日裁判員制度合憲判決を言い渡してのち、今年1月13日には第二小法廷が裁判員制度による審理裁判を受けるか否かについて、被告人に選択権を与えないことの違憲性を否定する判断を示し(判例時報2143号)、また、今年2月13日には第一小法廷が裁判員制度に絡んで刑事訴訟法382条に定める「事実誤認」に関し判断を示し(判例時報2145号)、最高裁判所はその裁判員制度に向き合う姿勢を立て続けに明確にした。
前記大法廷判決については、私は既にその判決の誤りを指摘し、裁判員制度の違憲性は拭うべくもなく明らかであることを論じた(ウェブサイト「司法ウオッチ」2012.6.1から連載)。
その大法廷判決をそのまま引用して、被告人の制度選択権を認めないことにつき違憲ではないと判断した前記第二小法廷判決は、その理由において引用している前記大法廷判決そのものが到底容認し得ないものであって、その容認し得ない理由は既に詳細に述べていることでもあり、また、私は被告人に制度選択権を与えたところで裁判員制度の違憲性が解消されるとは考えないので、今回はその判決には触れない。
刑訴法382条に定める事実誤認について触れた前記2月13日判決(以下「一小判決」という)については、大久保太郎元裁判官が、その内容が三審制の危機をもたらすものと捉え、その判断の危険性を指摘しており(雑誌「正論」今年8月号p244。なお、大久保氏は夙にこの問題の発生を憂慮していた(週刊法律新聞1820号「裁判員制度の実施を憂慮する(上)」))、私もその判断は我が国の刑事裁判制度の根幹を揺るがしかねない重大な問題を含んでいると考えるので、以下その点を中心に論じたいと思う。
なお、法律時報今年8月号は「裁判員制度と新しい刑事手続の現在」と題する特集を組み、田淵浩二教授が本稿と同じ問題を取り上げているが、その取り上げ方は主として一小判決の刑事訴訟法上の分析とその射程距離に関するものであり、私の問題意識とは、裁判員制度に対する認識の違いからであろうか、かなり相違がある。
〈第一小法廷摘記の公訴事実〉
一小判決が摘記した公訴事実は、ほぼ次の通りである。
被告人は平成21年(2009年)11月1日マレーシアの空港で覚せい剤合計約1㎏の入ったチョコレート缶3缶をボストンバッグに入れて成田空港まで運び、税関職員にそれを発見されたというものである。
被告人は当初から覚せい剤輸入についてその認識はなかったと一貫して否認していた。
被告人は、当初別送品申告書には他人から預かった物はないと申告していたが、その後そのチョコレート缶は「向こうで人からもらった」と述べ、誰からもらったかと問われて「イラン人らしき人」と答えた。荷物に関する確認票には「チョコレート缶、黒色ビニールの包み、菓子数点」と記した。黒色ビニールの包みの開披については、当初は企業秘密を理由に拒否したが、後には開披に同意した。そこには偽造旅券3通を含む5通の名義人の異なる旅券が入っていた。その後チョコレート缶内に覚せい剤3袋が確認されたので、税関は被告人を覚せい剤取締法違反、関税法違反の疑いで逮捕した。
一審千葉地裁(裁判員裁判)は、この公訴事実について、違法薬物の認識はなかったという被告人の弁解を排斥し得る間接事実はないとして被告人に対し無罪を言い渡したが、原審東京高裁は、結論として被告人の弁解は信用できず違法薬物の認識はあったとして有罪と判断し、一審判決を破棄し懲役10年及び罰金600万円、覚せい剤没収の刑を言い渡した。