司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 〈憲法に明文がないことの解釈〉

 判決は、憲法に明文の規定はないけれども、憲法制定の経過、諸外国の例、憲法の民主制等から、憲法は国民の司法参加を禁じるものではないという。

 しかしここで問われなければならないことは、国民の権利義務に直接関係する司法制度として、無作為に選ばれた一般市民に裁判の仕事を担わせることとする極めて重大な制度設計について、仮に立法過程でそれに関し論じられたことがあったとしても(判決の論じる制定過程の議論の要約が正しくないことは西野教授の指摘するところである)、それでは何故その制度が憲法に明文化されなかったのかということである。

 下位法である裁判所法3条3項の陪審規定の存在は上位法である憲法を論じるうえでは何の根拠にもならない。そもそもそこで規定されている陪審がどんなものかも明確ではない。裁判所法にその規定が入れられたのは、陪審制度にこだわる連合軍総司令部側からの強い働きかけがあったからであることは歴史的事実である(西野喜一「裁判員制度批判」62頁)。

 判決は、憲法制定議会における担当国務大臣の、陪審問題は「憲法の豪も嫌っているところではない」旨の見解を引いているが、その国務大臣の見解が果たして正しいと言えるものか否か、裁判所法3条3項の規定が合憲か否かは改めて検討さるべき問題であり、このような事実や諸外国の例があることなどは問題の本質の検討には何ら関係はないというべきである。

 最大の問題は、国民を参加させることを至上命題とする制度であるのに、後述のように国民の基本的人権規定にはそのかけらさえないということである。

 〈日本の裁判所の歴史的経緯〉

 憲法80条は下級裁判所裁判官の任命について定める。一方、憲法は「第6章司法」において、最高裁判所と異なり、下級裁判所については裁判官のみで構成される旨を明示した規定を置いていない。

 判決はその点を、憲法制定過程から見て下級裁判所において陪審・参審制を排除する趣旨とは認められないことの根拠の一つとしている。つまり、最高裁については「裁判官で構成」すること、下級裁判所については、その構成についての規定がないことの文理を、その制定過程を引き合いに出して、裁判官以外の者の参加を排除する趣旨ではないという。

 それと憲法80条とをどう関連付けるかについて、判決は、必ずしも明確ではないが「刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定していると考えられる」という形で関連付けているようである。

  しかし、このように裁判所の構成に関する表現の違いにこだわるのであれば、下級裁判所の構成について憲法は明文の規定を置いていないのであるから、帝国憲法57条のように全て立法政策に委ねられているものというべきであろう。裁判所には裁判官はいてもいなくても良いが、仮に裁判官という役職のものを置くとすればその任命は80条によるべきである、全ては立法政策次第であると解しなければ論理としては徹底しまい。

 そうでありながら、判決が裁判の基本的な担い手などという誠に曖昧な表現で裁判官の身分を解しているのは、その判断の前提のどこかに、憲法に下級裁判所の構成に関する明文の規定はなくても歴史的に裁判官のいない裁判所はない、裁判所は裁判官によって構成されるという当然の前提があるとの認識を有しているからであることは間違いがない。

  我が国では、欧米の陪審・参審制を有する国の歴史とは異なり、クーデターの歴史はあっても、絶対権力者を革命によって倒し或いはその権力の支配を脱し人民が主権を獲得したという歴史がなく、司法制度についても一時裁判官の判断の優位を認めた特異な陪審制が施行された時代はあったが長続きせず事実上消滅してしまっている。

 我が国のかかる、裁判は裁判所において裁判官が行って来たという歴史的経緯及び日本国憲法内容の策定に強く関わった国が陪審国アメリカであったのに憲法には陪審規定がないことを合わせ考えれば、合衆国憲法修正第6、第7のような陪審の存在を前提とする明文の規定がなく、イタリア共和国憲法102条のような参審制を明記する規定もないということは、下級裁判所は憲法80条に定める裁判官によってのみ構成されるものであることを当然の前提としており、それ故に憲法は最高裁のような構成規定を敢えて置かなかったと解する方が、判決の解釈よりははるかに合理的である。

 そしてその解釈の正当性をさらに強めるのが、裁判官以外に下級裁判所の裁判を担当する者に関する規定が憲法には全く見当たらないということである。

 判決も述べるように、裁判官以外のものを裁判担当者として選ぶとすれば、一般国民を想定するのが自然であることからすれば、前述のように国民の基本的人権条項に裁判への参加権或いは参加義務規定が存在しなければならない。しかしかかる規定は、どこにも見当たらない。



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