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 〈「 裁判員制度10年の総括報告書 」〉

 先日、私の知人が、裁判員選任の手続き期日を知らせる分厚い封筒が裁判所から送られてきたと驚いて電話をくれた。その知人は病院関係者で、このコロナに振り回されている中でとんでもないと腹立たしそうであった。

 日々誠実に社会の第一線でその任務を果たしている市民に対し、突然過料の脅しをかけて裁判所に呼び出しをかけたら、呼び出された本人はどのような気持ちになるのかということに、立法関係者はどれほど想像力を働かせただろうか。

 裁判員経験者の中には、裁判員をやってみたいと思っていたと、それこそ呼び出しをプラチナチケットと思っていた人もいるであろうが、最高裁が公表している資料によっても、そのような人は10%にも満たない。

  最高裁事務総局が2019年5月に発行した「裁判員制度10年の総括報告書」の「おわりに」に、「裁判員制度施行後の10年間で、刑事裁判が劇的に変わったことは誰しも否定しないであろう。法曹三者の協力の下、裁判員裁判を中心として、精密司法・調書裁判などと呼ばれてきた運用から脱却し、核心司法・公判中心主義を実現するための取組が進められ、裁判員制度は国民の理解と協力の下、幅広い国民参加を得て概ね順調に運営されてきたといってよい」、「裁判員と裁判官が実質的に協働し、裁判員の視点・感覚を裁判内容に反映させるという理想的な営みを実現していくためには、まだ改善すべき点がある」、「改めて国民が刑事裁判に参加することの意義を再考するとともに、……刑事裁判全体について、刑事訴訟法の本旨に立ち返った裁判を探究するための試行と検証を繰り返していく必要があるように思われる」と述べ、末尾に例の2011年11月16日大法廷判決の末尾記載の、上告理由には全く無関係な意見を引用し、この「10周年という節目は、刑事司法制度の変革という大きなうねりの中の一つの通過点に過ぎないことを改めて確認しておきたい」と結ぶ 。
 

 〈裁判の「理想的な営み」と言えるか〉

 精密司法、調書裁判などの運用から核心司法、公判中心主義の取り組みが進められるという劇的変革を呼び起こした、そういえるかどうか、それが直ちに良い評価に結び付くものかどうかは兎も角、そのような変化は裁判員制度が目指したものか、裁判員制度でなければできないことか、日常の裁判の中で法曹三者がその気になればできることではないか、なぜに裁判員制度の成果といえるのか、そのような考察はどこからもうかがわれない。

 司法制度改革審議会意見書(以下「意見書」という。なお、「司法制度改革審議会」を「司法審」という)の裁判員制度提言の文言はどういうものか。「刑事訴訟手続において、広く一般の国民が裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる制度」と謳われている。

 この文言どおりとするならば、精密司法、調書裁判から脱却したか否かは制度の目的とは全く関係のないことになろう。成果があったか無かったかは、意見書の立場からすれば、国民の健全な社会常識がより反映されたか否かによって判定されるべきものであろうが、制度上、評議内容は秘密、責任を分担すべき裁判員の名前は非公表と秘密主義満載では、(概ね)順調に運営されてきたなどの評価は土台できることではない。

 また、裁判員制度とはそのような裁判の変革を目指すものだということについて国民の理解と協力があったとどうしていえるのか。国民に過料の制裁を課し参加を強要しておいて、国民の「理解と協力を得て」とは一体どのような感覚で言っているのであろうか。その最高裁の意見・感想には解せないことが多い。

 さらに、裁判員と裁判官が実質的に協働し、裁判員の視点感覚を裁判内容に反映させることが「理想的な営み」とどうしていえるのか。そのようなことが裁判の理想的な営みといえるのならば、全ての裁判に裁判員を参加させるべきではないか、むしろ市民裁判化してはどうかという議論になろう。

 社会の変革は目覚ましく、特にジェンダーや婚姻制度、成人年齢引下げに関連する少年非行対応、社会のデジタル化の進捗等の分野において、法令の整備がなかなか追いつかない状況にある。法令の整備が追いつかない分野では司法の分野に事実上立法的作用を期待する動きも見られる(今年3月に札幌地裁で判決のあった夫婦別姓問題の事件など)。

 かかる状況下では、そのような問題の裁判には或いは一般市民の声を反映させることが望ましいといえるかも知れない。しかし、司法と他の二権、つまり立法・行政との違いは、司法は過去の事実に関する法令の適用行為であるのに対し、立法・行政は将来に向けての変革の意志決定行為である。この国の将来を決めるのは国民だというのは民主主義の本質であり、それこそ国民が主体的に参加しなければならない分野であるが、司法はそれとは異質な行為である。



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