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 〈第一小法廷判決の判示内容〉

 この控訴審判決に対し、前記上告審最高裁第一小法廷はつぎのとおり判示した。

 「刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており、控訴審は第一審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、当事者の訴訟活動を基礎として形成された第一審判決を対象として、これに事後的な審査を加えるべきものである。第一審において、直接主義・口頭主義の原則が採られ、争点に関する証人を直接調べ、その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され、それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると、控訴審における事実誤認の審査は、第一審の行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって、刑訴法382条の事実誤認とは第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって、控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは、裁判員制度の導入を契機として、第一審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においてはより強く妥当する」

 一小判決は、この刑訴法382条の解釈を前提とし、「原判決は・・・被告人を無罪とした第一審判決について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。」として原判決を破棄・自判し、控訴を棄却した。

 この一小判決には白木勇裁判官の補足意見が付されている。その要旨は、「これまでの刑事控訴審の審査の実務は、事後審を意識しながらも事実認定、量刑について自らの心証を形成させ、それと一審のそれとを比較し、そこに差異があれば自らの心証に従って一審判決を変更する場合が多かったように思われる。この運用は、当事者の意向にも合致し定着して来た。原審もこの手法に従って審査を行ったようにも解される。しかし、裁判員制度施行後は、そのような判断手法を改める必要がある。ある程度幅を持った認定、量刑が許容さるべきことの了解なしには裁判員制度は成り立たない。第一審の判断が論理則、経験則等に照らして不合理なものでない限り許容範囲内のものと考える姿勢を持つことが重要である」というものである。

 この白木意見は「裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方」p94以下の記述と瓜二つである。

 〈刑事上訴審の事実審査のあり方に関する議論と運用の実情〉

 刑事控訴審の事実審査のあり方については、前記判例時報2145号の一小判決コメントにも記されているように、多くの論文が発表されている。また、白木裁判官の前記補足意見にも記されているように、これまでの控訴審は心証形成の相違を基準として控訴審の心証を優先させる取扱いが当事者の意向にも合致するものとして定着して来た(その原因については船田三雄「控訴審における事実審査のあり方」法曹時報34巻10号p11以下において検討されている)。因みに、白木裁判官は、最高裁判所刑事局長や東京高等裁判所長官を歴任し、陪審制度研究のためイギリスに派遣された経歴を有する。

 刑訴法382条の事実誤認審査に関してこれまで様々な見解が示されて来たとは言え、実務としてはほぼ前記白木裁判官の認識のとおりの運用が行われて来たことは間違いがないと思われる。本来憲法審、法律審である最高裁判所においても、刑事訴訟法411条3号を適用して事実誤認により原判決を破棄し、自判するケースもあった。

 例えば、平成21年4月14日第三小法廷判決の平成19年(あ)第1785号事件、60歳の被告人(防衛医科大学校教授)にかかる強制わいせつ被告事件(判例時報2052号p151)は広く知られている。この事件では、最高裁は一、二審の記録に基づき原審の事実認定は論理則、経験則等に照らし不合理であるとして原判決を破棄し、被告人に対し無罪を言い渡した。

 2名の反対意見が付されている。堀籠幸男裁判官は「刑訴法は刑事事件の上告審については原判決に違法又は不当な点はないかを審査するという事後審制を採用している。上訴審で事実認定の適否が問題となる場合には、上訴審は自ら事件について心証を形成するのではなく、原判決の認定に論理則違反や経験則違反がないか又はこれに準ずる程度に不合理な判断をしていないかを審理するものである。」との意見を述べ、結論として「多数意見はA(被害者)の供述の信用性を肯定した原判決に論理則や経験則等に違反する点があると明確に指摘することなく、ただ単に『Aが受けたという公訴事実記載の痴漢被害に関する供述の信用性についても疑いをいれる余地があることは否定し難い』と述べるにとどまっており、当審における事実誤認の主張に関する審査の在り方について、多数意見が示した立場に照らして不十分と言わざるを得ない」と述べ、上告を棄却すべきと主張し、田原睦夫裁判官も最高裁昭和43年10月25日判決(いわゆる八海事件第3次上告審判決)を引用し、堀籠裁判官とほぼ同じ立場に立って上告を棄却すべき旨主張した。

 今回の一小判決は、この第三小法廷判決の少数意見の立場を控訴審に当て嵌め、第一小法廷全体の意見としたものと解される。

 白木裁判官が前記のとおり補足意見で述べたこれまでの控訴審の事実誤認審査の運用が、今回の一小判決のごとく、また、前記第三小法廷(強制わいせつ事件)判決の少数意見が説く最高裁判所における事実誤認審査の立場に変更されたと言い得る状況になったのは何故か、それは正当なことかがここで取り上げる問題の中心である。



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