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 〈被告人の人権、参加を求められる国民の人権〉

 近頃、裁判員制度がマスコミの話題となるのは、このような、上級審による一審裁判員裁判判決、特に死刑判決の否定とか、裁判員裁判判決が検察官の求刑より重いなどという話題に限られ、制度そのものの本質的問題が取り上げられることはなくなった。

 今は第1次裁判員法改正3年経過後の見直しの時期であり、裁判員参加率の大幅な下降問題を含めて、まず被告人の人権、裁判員として参加を求められる国民の人権に焦点を当てて、根本から制度の是非について検討すべきではなかろうか。


 〈「統治客体意識」というマジックワード〉

 小田中聡樹東北大学名誉教授は裁判員制度施行前に次のように指摘をしていた。

 「国民の『統治客体意識』(筆者注:改革審意見書Ⅳ冒頭部分)というキーワードが非常に重要です。一見するとそれは、国民主権の原則の下に主権者育成を目的とするもののように見え、その意味では陪審と思想的基盤を同じくするように見えるのですが、しかし、実際には、規制緩和、行政改革の大枠の中で、市場の支配、もっと端的に言えば、経済的強者とこれに一体化している国家権力が操作する市場メカニズムによる統治体制へと国民を組み込んでいくための巧妙で狡猾なマジックワードなのですね。これは本当の意味での国民主権、人権主体である国民の主権者としての活動の自由を保障する制度原理とは切り離したところで、国民を政治的な操作の対象として捉えているのです。裁判員制度の場合には、このマジックワードが非常に巧妙な欺瞞的効果を発揮してその罠から抜け出すのを困難にしました」(「現代思想」2008年10月号p61以下)。

 この制度について真に議論し、マスコミも学者、法曹も取り上げて論じなければならないことは、小田中教授が指摘されるこの制度自体に潜む本質的危険性、国民の基本的人権、そして刑事事件の被疑者・被告人の立場であり、その個々の主権者たる人間の尊厳の問題である。また、倫理的に一般人が本来は隣人である一般人を裁くことは許されるのかという問題である。

 上級審が裁判員裁判判決を破棄したこと、裁判員が評議でどのような議論をしたか、そこでどんな人生勉強をしたか、やりがいを感じたかなどということは全くの枝葉の問題であって制度の本質とは全く関係のないことである。また、「司法の窓」(最高裁広報誌2019年№84)で述べられている「裁判に深みが増した」「判決の書き方が変わる」などの出席裁判官の感想も同様である。

 裁判員法の再度の検討の時期である今、政治家、学者、法曹、マスコミ、そして全ての国民は、この本質的問題を取り上げて論じなければならないと思っている。                       



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