〈日本国憲法において国が借金を払えなくなったらどうなるのか〉
財務省は、令和元(2019)年11月に、同年9月末時点での日本の借金は、1105兆円であると発表しました。これを同年10月1日現在の総人口1億2616万人で割ると、約876万円になると前述しました(前記「借金」は2021年3月末現在、1216兆4634億円。財務省同年5月発表・編集部注)。
高齢化はますます進み、社会保障費は増え続けていくことになります。新型コロナウイルス対策費を含め、今後、国の借金は、どこまで増えるのか予測がつきません。
そこで心配になるのは、もし国が借金を払えなくなったらどうなるのかということです。日本国憲法下において、この問題を考えてみることも、理念だけに止まらない現実に即した国民の権利及び義務を考えるうえで、無意味ではない気がします。
国の借金と言いますが、国の誰が借金をしているのでしょうか。そもそも国とは何者なのでしょうか。国が借金を払えなくなったらどうなるのか、という問題を考えるためには、借金をしている国とは何者かをはっきりさせなければなりません。
日本国といいますか、そもそも日本国とは何を指すのでしょうか。日の丸を指すのでしょうか、君が代を指すのでしょうか。皇居を指すのでしょぅか。国会を指すのでしょうか。首相官邸を指すのでしょうか。天皇を指すのでしょうか。政権を指すのでしょうか。
どれも、これがずばり日本国だとは言えないように思います。そもそも日本国は存在するのでしょうか。物理的に存在するのでしょうか。もし存在するのなら、それは具体的には何を指すのでしょうか。領土なのでしょうか、国民なのでしょうか、それともその双方なのでしょうか。どちらにしても、国の借金を払うのは、国民一人一人の他には、私には思い付きません。
物理的には、日本国民はいますが、日本国はないのです。国という存在は、頭の中で考え出したもの、非現実的なものなのです。難しい言葉でいえば観念的なものです。具体的には、日本国の借金は、主権者である日本国民の借金なのです。日本国民一人一人に帰属するのです。
〈富の再分配という役割の延長線上の問題〉
日本国民は、その借金を誰からしているのかと言えば、ほとんどは日本国民からしているのです。日本国の借金のほとんどは国債です。その国債は、日本国民がほぼ持っていますから、国債を持っている日本国民が日本国に対する債権者なのです。日本国の借金は、国民に帰属するのですから、債権者も日本国民、債務者も日本国民ということになります。
日本国の借金は、借主も日本国民ですが、貸主もそのほとんどが日本国民であるという奇妙な関係にあります。借主と貸主が同一人物だったら、民法ではその債権、債務は、混同で消滅します。国の借金も、借主も貸主も国民なら、混同でその債権は消えてしまうのでしょうか。
国債を持つ日本国民と、日本国の借金を負担している日本国民としては、日本国民といえども、必ずしも同一ではありませんから、混同で消滅することにはならないでしょう。しかし、国が借金を返済できないということになれば、債権が回収できなくなるという結果は、同じような気がします。
もっと具体的に詰めますと、国が国債を持つ人に対し、支払が出来なくなれば、国債を持つ国民は、借金の返済を受けられなくなります。そのような国民は泣くことになります。他方、国が借金を払わなくとも、国債を持っていない国民にとっては、直接は痛くも痒くもありません。
国が国債の支払ができなくなって、直接泣くのは国債を持っている人です。国債を持っている人は富裕層です。国債を持っている国民が、持っていない国民から直接債権を取り立てる方法はなさそうです。富裕層が国から貸金を払ってもらえないということは、富裕層が貧国層から借金を返してもらえないという結果になるだけです。
国債が現金化できなくなるということは、税金の持つ役割である富の再分配という役割の延長線上の問題となりそうです。つまり、国が借金を払えなくなっても、国債を持つ人は泣くことになりますが、国債を持っていない人には直接は関係がないのです。
こう考えてくると、「日本国憲法において、国が借金を払えなくなったらどうなるのか」という問いに対する答えは、国の借金を負担している国民は、その借金を払わず、国債を持つ国民は借金を払ってもらえないのですから、「国民間の富裕層と貧国層との富の再分配が実行されることになる」ということになりそうです。
しかし、結果としては、日本国民の中の富裕層が減少することになりそうです。豊かな国民が減りそうな気がします。豊かな国民が減少すれば、国民生活は経済的に苦しい方向に進むことになっていきます。不景気となりそうです。不景気となったら、まず貧困層が苦しい生活に落ち込みます。そういう意味では、まず国の借金が増えて、その返済ができなくなりますと、まず貧困層、特に、その日の食事も十分に取れないような人々の死活問題となりそうです。
(拙著「新・憲法の心 第28巻 国民の権利及び義務〈その3〉」から一部抜粋)
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