司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈憲法問題1本で行く〉

 

 福島地裁が裁判員国賠訴訟で2014年9月30日に下した判決は、原告の請求を棄却する、つまり原告の負けということであった。私ほか1名の弁護士がその訴訟で原告代理人を務めた。

 
 この事件は、福島地裁郡山支部で裁判員として強盗殺人被告事件に関与し、その証拠調べとして殺人現場の生々しい写真を見たり、被害者が死亡直前消防署に救いを求める断末魔の叫びの録音を聞いたりしたことによって急性ストレス障害になった郡山市在住の女性Aさんが、国に対し損害賠償請求をしたというものである。

 
 その請求を根拠付ける事実としては、裁判官の訴訟指揮や検察官の立証活動に不法行為があったと主張することも考えられたけれども、その故意過失の構成に問題があること、また、予備的にでもそのような請求原因を主張すれば、この裁判員制度について最高裁判所同様に、なりふり構わずその合憲判断を示した上で、あっさりと請求を認容し上級審での憲法判断の機会を消す可能性もあり得ると考えて、代理人間で協議の上、憲法問題1本で行く、言わば私らも自ら退路を断ち、裁判所にもその退路を断たせて憲法判断を求めるという道を選択したわけである。

 
 この判断は、お金の問題ではない、私のような苦しみはもう他の人に味あわせたくないという依頼者Aさんの強いご意向にも沿い、その同意を得たものであった。

 

 

 〈強制の違憲性、立法した国会議員の過失〉

 

 憲法問題としては、まず、立法を必要とする社会的、経済的事実、これを立法事実と言うが、その立法事実がないのになされた立法は憲法に違反すると解されており(芦部信喜「憲法」第5版p218,372ほか)、裁判員制度にはその立法事実はないと主張し、さらにまた、これが最も大きい争点であったが、国民に対し裁判員となることを過料の制裁を課してまで強制することは、憲法18条後段の苦役からの自由違反、第22条1項職業選択の自由違反、個人の尊重を規定した第13条違反だということを指摘し、このような憲法違反の立法をした国会議員には過失があり、それにより国は国家賠償法上Aさんに賠償義務あると主張した。

 
 裁判所は、その判断の冒頭において、最高裁平成23年11月16日大法廷判決の判断をそのまま引用して、「憲法は一般的には刑事裁判に国民の司法参加を許容している」と判示し、さらに「憲法自体が国民の司法参加を容認していると解される以上、その実現のために国民に一定の負担が課されることは、憲法の予定するところであって、その負担に必要性が認められ、かつその負担が合理的な範囲に留まる限り、憲法18条後段には違反しないと解するのが相当である」と判示した。

 
 この判示は、大法廷判決の判示する裁判員となることの参政権同様論とは異なり、裁判員義務容認論を打ち出したものでもあり、本判決の判示の中で特に重視されなければならないものの一つであろう。しかし、第一に納得しがたいことは、憲法が国民の司法参加を容認していると解されることと、何故にそれが国民に負担が課されることに当然に結びつくのかが不明であることである。

 

 現在でも、例えば調停委員、司法委員、専門委員などの参加がある。負担という言葉を裁判所はどのような認識で用いたのかは定かではないけれども、それらの国民参加は決して強制されたものではないから負担という言葉には馴染むまい。国民参加が、負担或いは強制に当然に繋がるものではない。

 
 ほかにも、この大前提が何故に正当化されるのかについての理由はどこにも記されていない。その判示は独断以外の何ものでもない。



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