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 <立法・行政とは異質な司法> 

 「司法」への国民参加としてことさらに取り上げられるのはいかなる理由によるのであろうか。立法への国民参加、行政への国民参加という言葉も聞かれないわけではないけれども、それほど多くはない。

 立法、行政について使われるそれらの言葉の意味するものは、国民が選んだ議員を含む公務員が国民の意思に沿った立法や行政を行うためのいわば補佐的な形の関与を意味している。

 例えば、法律案策定に至るまでの審議会の検討、国家における法律案審議における参考人の意見陳述、予算審議における公聴会の開催、行政について言えば諸種の審議会や懇談会における意見の聴取というような形である。

 立法への国民参加と言ったところで、法律の制定は国会以外には許されない。行政への国民参加も同様、最終の意思決定は内閣以外にはできない。要するに、国民によって選ばれたという基盤に立って、国民の意向を立法、行政にできる限り吸い上げる努力は求められても、最終の意思決定に国民が個人として参加することはできない。

 ところで、司法はその国家作用として立法行政とは異質なものである。司法を担当する全ての裁判官は、「その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と憲法76条が定めるように、高度な独立性の保持が義務付けられ、保障されている。

 国会はその立法行為について民意に沿うように最大限努力するのがその本来の責務であり、行政はその立法者の意思を最大限尊重して法を執行する責務がある。

 しかし、司法はその担当する事件について民意を問い、慮ることは許されない。常に憲法及び法律の定めに従い、権力からも国民からも、ときには諸外国からも非難されるかも知れない判断を、自己の良心に従って、理性的に公正且つ迅速になさねばならない。

 司法においては、憲法と法律のみが民意なのである(憲法第76条3項)。それは、本来は人間業ではなし得ない崇高な行為である。それ故、立法や行政について行われているような国民の参加の形態をとることは非常に難しい分野であり、まして、立法や行政でさえ取り入れてはいない最終的な判断、意思決定を個人たる国民を参加させて行ったり、一部国民に委ねたりすることは本来制度として極めて馴染み難い分野である。

 「この意味で逆説的になるが、司法までが民主化しないところに合理的な民主主義の運用があろう。ここに民主司法の当面しなければならないジレンマがあるのである。」(兼子「裁判法」20頁)との指摘は正に慧眼と言うべきである。

 <国民から選ばれている裁判官>

 問題の根本は、かかる重大な職務を担う優れた裁判官を如何にして民主的に公平且つ適切に選ぶか、そして如何にしたら選ばれた裁判官がその職務を常に全うし得るように制度面の保障を計るかということである。

 一般市民からくじで選ばれた者が10年間裁判官としてその司法の本来の使命を全うし得る保証があるのなら、そのような制度もまた選択肢の一つであろう。それは司法への国民参加ということではなく、あくまでも裁判官に人を得るにはどうしたら良いかという裁判官人選の問題である。

 憲法の司法に関する規定を全体的に見れば、選ばれる裁判官は職業的(常勤、非常勤を問わず)なものであり、高度に訓練されたものを想定していることは間違いがない。現在の我が国の裁判所は、裁判専任のいわゆる職業裁判官によって構成されている。

考えてみれば、この選ばれた裁判官も一般国民から選ばれた者であって、王侯貴族の出の者ではないし、階級制度のあった時代の支配階級出の者でもない。現在の裁判官は直接選挙によって選ばれた者ではないけれども、憲法の規定に則り国民の意を受けて正に国民の中から選ばれた者であり、裁判所は国民の参加どころか国民によって構成されているのである。

 国民の直接選挙による選任のみが国民による選任だという説はあるまい。仮に直接選挙による選任という形から遠い裁判官選任形式であるが故に国民から選ばれたと言えないなどという議論があるとしたら、金まみれ、低投票率の現今の選挙によって選ばれた国会議員は国民によって選ばれたと言えるのかということになる。制度である以上、ある程度は擬制的なものであることは避けられない。

 そのことは誰の目にも明らかなことなのに、いかにも裁判所が国民とは異なったものによって構成されていて、そこに国民が加わるという意味に解される国民の司法参加というような言葉が多用され、今回の裁判員制度がその国民の司法参加の第一歩だなどと言われるのは本来妙なことなのである。



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