〈公務員任命権の種類〉
ここで憲法が定める公務員の任命手続きについて一瞥しよう。6条は天皇の内閣総理大臣と最高裁判所長官の任命、68条は内閣総理大臣の国務大臣任命と罷免、79条は内閣の最高裁判所裁判官(長官を除く)の任命、80条は下級裁判所裁判官の任命に関する規定がある。
その各任命について無条件の任命を認めているものは、68条の内閣総理大臣の国務大臣任命、79条の最高裁判所長官を除く最高裁判所裁判官についてだけであり、天皇の内閣総理大臣任命については「国会の指名に基いて」と、最高裁判所長官については「内閣の指名に基いて」と任命行為に条件を付し、内閣による下級裁判所裁判官の任命についても「最高裁判所の指名した者の名簿によって」と定め、内閣の一存での任命を禁じている。つまり、任命行為の定めがあっても、人選を含む実質的任命行為をなし得るものと、形式上の任命行為のみをなし得るものと、2つの種類があることは明らかである。
憲法上内閣総理大臣が自由に任命権を行使し得るのは国務大臣についてだけであり、それは政権担当者として行政権の一体性を保たなければ国家に混乱が生じることを考えれば当然のことである。
最高裁判所裁判官について内閣の一存で決めることは、憲法上は可能である。しかし、これまで裁判の公正性の確保等の見地から、最高裁判所裁判官の選任について、1947年に裁判所法39条4項に「内閣は、最高裁判所裁判官の指名又は最高裁判所判事の任命を行うには、裁判官任命諮問委員会に諮問しなければならない」と規定されたことがあったが、翌年同規定は廃止された。しかし、その後も任命諮問委員会又は任命諮問審議会等それらに類する名称の委員会等の設置の法制化の動きはあったとのことである。
そのような規定の改廃や動きがあったこと自体、人事の性質によっては、任命について政治の関与を最小限に止めるべきものがあることを示している。つまり、内閣或いは内閣総理大臣に法制度上任命権が認められるものであっても、その実質的人選には関与させないことが国家の制度として必要な場合があるということである。
内閣総理大臣が任命するとの条文であっても、制度の趣旨、目的、法文の表現によってその任命行為が形式的なものか実質的なものかについての判断を要することになる。
〈独立機関の人事が形式的であるべき理由〉
その公務員が独立性の要求される地位のものである場合、条文の表現として、他局の「指名した者の名簿によって」或いは「推薦に基いて」など、その人選について任命権者以外のものに委ねられている場合は、その内閣総理大臣の任命行為は原則として形式的なものと解すべきであろう。例外として、その被推薦者又は名簿登載者について任命に際し法定の欠格事由がある場合や法定の資格を有しない場合など、任命権者による恣意的判断の入る余地のない場合は任命拒否もあり得る。
それでは何故形式的任命行為が行われるかということであるが、それは被任命者が国家公務員である場合には、憲法15条により、国民によって選任されたという民主的正統性を付与するためである。なお、天皇による任命或いは任命行為にかかる認証(憲法7条5号の場合、会計検査院検査官について会計検査院法2条4項、人事院人事官について国家公務員法5条2項等)は、国民統合の象徴による同意の形式をとることによる一種の権威付けであろう。天皇の任命は全て形式的任命である。
このように見てきて明らかなことは、内閣或いは内閣総理大臣による任命行為にも、実質的人選を伴うものと、民主的正統性の付与という形式的なものに止まる場合があるということである。