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 ナチスドイツの幹部だったヘルマン・ゲーリングが、戦後のニュルンベルグ裁判の被告人として収容されていた時に、アメリカ軍の心理分析官に語ったとされる有名な言葉がある。伝えられているのは、概ね以下のような内容である。

 「一般国民は戦争を望まない。ソ連でもイギリスでもアメリカでもドイツでもその点では同じ。政策を決めるのはその国の指導者である。国民は常にその指導者のいいなりになるよう仕向けられる。まず国民に向かって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよい。このやり方はどんな国でも有効である」

 「戦争」遂行をめぐる国家権力の悪しき「本音」の吐露として、度々引用されることになったこの言葉は、大きく二つの危険を教えてくれているようにとれる。一つは、「不安」あるいはその煽りに対して、国民は弱く、盲目的な反応に陥る危険があること。そして、もう一つは、とりもなおさず、国家権力はそれを利用する危険があること、である。

 日本においても、安全保障関連法や防衛問題をめぐり、その都度、中国や北朝鮮の脅威が引き合いに出される中、この言葉が想起される局面があったのは当然であり、そのこと自体はむしろ健全であるといっていい。ゲーリングの発言意図に反して、「戦争」への傾斜という局面で、この言葉は私たちに疑い、立ち止まる冷静さを呼び起こしてくれるかもしれない。

 いまの日本の、全く別の局面の中で、この言葉が不気味に想起されて来る。「戦争」ではなく、「コロナ禍」という局面で。緊急事態宣言、自粛要請、ワクチン接種とワクチンパスポート、そしてロックダウン。人権制約が伴い、平時ならば、相当冷静な議論が求められるテーマが、「不安」あるいはその煽りの前に、実現へと傾斜する現実が、この言葉を想起させるのである。

 「コロナ禍」を「戦争」と例えた人間はいるが、もちろんパンデミックは、ゲーリングの言った国家間戦争とは異質なものだし、また、前記二つ目の意味のように、国家が「不安」を利用しているというのも当てはまらないという人もいるだろう。

 ただ、「コロナ禍」をめぐって、日本では特徴的な傾向が浮き彫りになっている。個人と国家の対抗関係の意識を前提とすれば、むしろコロナ対策として欧米のような強制、ロックダウンが求められ、それへの反発として自由や権利の制限が社会的に問題になる余地がある。しかし、日本ではかなり状況が異なる。強制ではなく、十分な補償の裏付けが伴わない、要請という形でも、国民側の、国民同士の自粛警察や差別・偏見被害の方に、むしろ注意を払わなければならない状況が生まれてしまう。

 そのため、日本でロックダウンといった強制政策がとられた場合、国家への反発よりも、むしろ国民の側の、自粛警察化を含めた強い反応の方を警戒すべきという見方すらある(「国民が望んでも、ロックダウンは違憲じゃないのか 『コロナの憲法学』大林教授に聞く」弁護士ドットコムニュース)。

  つまり、これは国家が「不安」を利用する以前に、国民自らがそれによって暴走、行き過ぎの状況を作りかねないことを意味する。仮にそこに国民のことを第一に考えない国家の意図が介入したとすれば、それはより達成しやすいことも意味してしまうだろう。

 ゲーリングの言葉になぞらえれば、われわれの社会は新型コロナウイルスに「攻撃されている」ことの不安をお互いに煽り、自覚することを社会に強制化し、人権制約やワクチンの安全性に冷静な議論を求めるものには、「公共の精神」に欠けている(他人に移しても平気なのか)と非難する――という形になりかねないということだ。

 ワクチンの安全性に対する不安を、コロナへの不安によって打ち消そうとする、それによって冷静さが奪われる大衆のムードは依然続いているが、もはや接種によっても感染は防げないことは確実となり、当初言われていたようなワクチン接種による集団免疫確立は怪しくなってきている。本人の重症化リスク低減が目的ということだけは言われているが、そうなるとワクチンパスポートの意味は根底から覆る。むしろ、パスポート所持者への特典的な制限解除は、むしろ彼らによる、感染リスクを拡大させる可能性も考えられる事態である。

 感染を考えれば、ワクチン頼みでなく、初期治療を可能にするための体制(感染症5類への変更)や、治療薬としての既存薬の見直しを含めた、冷静な議論がいまこそ必要なはずだ。

 もちろん、繰り返すが、ゲーリングの言葉そのままに、「コロナ禍」をきっかけとした、人権制約的な制度の構築には、それこそ戦時体制まで含めた、耐性実験を含めた国家の意図、駒を一歩でも二歩でも進ませようとする狙いが介入する危険はある。

 目の前の「不安」だけに惑わされず、どこまで冷静に疑うことができるか――。私たちは試されている。



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