司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>




 

 ネット上での「マスゴミ」などという蔑称の登場とともに、マスメディアの「偏向」批判を当たり前に目にするようになった。ネットという自由な言論空間の登場と社会への浸透が、メディア批判に新たな環境を提供したことは間違いないが、その評価が定まらないまま、いまやメディアの権威そのものにかかわるテーマになりつつあるようにもとれる。

 この状況を、近年しきりと言われる「ファクト(事実)」と、個人の主観という切り口で説明しようとする人たちがいる。マスメディアがあくまで真偽の裏付けがとれる「ファクト」に基づいて流した情報に対し、主観に基づく評価がなされ、その結果が批判者の「偏向」や「公平性の欠如」「虚偽」という結論に至っているのだと。

 「認知の歪み」という表現で説明する向きもある。メディアがファクトに基づいていても、批判者自らに有利な形を想定していたり、逆に不利、否定的な部分を優先的に認識してしまっているのだと。いわば偏った視点とスタンスから見ることで、それが彼ら自身の認識をメディアの「偏向」という結論に至らせているのだ、ということになる。

 こうした結果としてマスメディア擁護につながる論調は、一定の説得力をもって社会に受けとめられているようにもみえる。しかし、実はマスメディアと対立する問題はここだけではない。というか、こうした捉え方では説明しきれない批判の本質が他にあるように思えるのだ。

 それは、端的にいえば、公平な判断材料を大衆に提供する努力に関する疑問である。つまり、前記のマスメディア側の反論は、いわば「見たいもの見たい」大衆の視点を前提とした、「ファクト」を受け容れ難い大衆の意識を前提としている。

 しかし、現実的には、そこに至っていない大衆は沢山いる。とりわけ、ネット空間であらかじめさまざまな意見、しかも立場の違うさまざまな専門家の発言にも触れることができている大衆からすれば、あらかじめその立場を公平に紹介したり、あるいはそれを取り上げた上で、批判することさえしないマスメディアの姿勢には、むしろ公平な視点をもった大衆の疑念を喚起する余地が生まれるのだ。

 これは、「両論併記」の妥当性というテーマで語られる。つまり、前記疑念の基本的な解消策としては、常に賛否両論を公平に大衆に提示し、その後は大衆の判断にゆだねるという方法が考えられるだろう。ところが、メディア側からは、必ずといっていいほど、その方法がいかなる場合でも使えるものではないことの方が強調される。

 それは大きく分けて二つある。一つは、両論の一方が人権や自由・平等を破壊するようなものであったり、明らかに正当でない論調であった場合、それを公平に扱うことは、社会に間違ったメッセージになる、という指摘である。明らかに不当な論調に市民権を与えることは、その発言者を利するという意味で、それに加担する結果になるという問題である。

 もう一つは、両論併記が権力批判の足を引っ張る可能性である。正当な権力批判に対して、常に権力側の両論併記要求にこたえる(あるいは屈する)ことの妥当性の問題をいうものである。

 言っていることは、もちろん理解できる。しかし、前記したように、マスメディアの判断であらかじめ取捨された情報への疑念が生じている大衆に対して、この弁明が常に有効になるとはとても思えない。大衆は、それでも前記ネット環境の存在を前提にすれば、むしろ両論併記を含む、メディアのフェアな判断材料の提供の効果の方に期待しておかしくない。

 しかも前記二番目の弁明とは裏腹に、むしろこの両論併記の努力をしないマスメディアの姿勢は、時に政府側権力の方針、都合に沿った世論誘導の加担者として大衆の目に映る可能性もある。両論併記が国民を惑わすものになるような言い方も耳にすることがあるが、やはり国民にフェアに判断材料を提供する努力を欠くこと、そうマスメディアがとられることの損失は実は大きいはずなのである。

 医療の世界に「セカンド・オピニオン」という言葉が言われ出して久しい。医療に限らず、法律の世界でも、複数の弁護士の知見を聞くメリットはいまや当たり前のように言われている。やはり大衆が複数の専門家の知見を参考にしたいのは当然であり、それは必ず多数説、少数説に縛られるものでもない。より広く参考にする、参考にできる機会こそ、国民は本来求めているはずなのだ。

 その機会が保障される以前に、マスメディアが「ファクト」とか「多数派」と認定した情報だけで、私たちが当たり前のように結論を出してしまう状況――。「偏向」批判の反省を迫るというのではなく、少なくともわれわれはその状況は避けなければならないはずなのである。



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