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 今、わが国でコロナワクチンを接種してしまったことを後悔する声に出会う。「打たなければよかった」という確信的な考え、もしくは「打たない方がよかったのではないか」という疑念に苛まれる人々である。

 これはある意味、当然と言えば、当然のことである。接種当時にあった、このワクチンの長期的な影響への不安は、現在も当然解消されていないし、逆に時が経つにつれ、免疫力低下や超過死亡の現実をいう声が、減るどころか、ますます目に止まるようになっているからだ。

 不安を接種直後の副反応に押し込められれば、「意外と軽かった」にしても「大変だった」にしても、通り過ぎた過去のものにできるが、長期的な影響については、安心材料が新たに増えたわけではなく、不安材料の方が追加されているのだから仕方がない。

 打った人の中には、内心、彼ら後悔組と同じような不安を持ちつつ、今更と自分を言い聞かせ、不安材料に目や耳を貸さないようにしている人もいるだろうし、断固、打たなかった人の中には、正直、ほっとしている人もいるはずだ。

 相変わらず、ワクチン推進派の専門家たちは、反対論が指摘する危険性について、「根拠がない」と言い、反対派の専門家の言い分を基本的に誤情報のように言っている。しかし、よく耳を傾ければ、誤情報ではなく、証明するだけの確たる証拠がない、証拠がない以上は認められない、という「正論」である。

 ただ、大衆の感覚からすれば、本当は「確たる証拠」がなくても、万が一のリスクでも負いたくないのも当然だ。だから、前記の後悔組は、本来、「確たる証拠」云々ではなく、おそらく万が一の危険性でも打ちたくなかった人々。だから、実は前記推進派の専門家の「正論」は、彼ら不安・後悔組には十分な慰めにはならない。

 ではなぜ打ったのかと言われれば、それはほぼ明らかだ。第一にワクチンへの不安を上回るコロナ罹患への恐怖。そして、もう一つ、正確に後悔組のうちの何割といったデータはないものの、確実に一部に影響を及ぼしたはずなのは、接種へ駒を進めざるを得なかった、この社会の「同調圧力」の存在である。

 コロナ禍は、わが国社会に(もちろん、日本に限ったことではないだろうが)巣食っている「同調圧力」の存在を浮き彫りにした、といえる。企業で、学校で、コュニティーで、不安でも選択しないという選択肢が事実上ない状況に置かれていると感じた人は少なくないだろう。しかも、公衆衛生にかかわる案件であり、いかに不安であって、それが個人の歴とした意思になり得ても、「協力」の錦の御旗の前に、事実上別の道を選択できない状況として。

 マスクの着用でも、同様のことがあったが、「マスク警察」という言葉が生まれるに至っては、それこそ「非国民」という言葉が飛びかった戦前の息苦しく、暗い社会を連想させた。

 国がワクチン接種を呼びかけながら、とってつけたように「接種は個人の判断」という、建て前的なことを付言したのは、むしろこの状況の危うさと、のちのちの責任回避、いわば分かったうえでのこととれる面があった。その意味では、これもまた前記「同調圧力」の現実に対して、どこまで有効だったのかは疑問だったといわなければならない。有り体に言えば、この言い分を振りかざしてなんとかなる「同調圧力」だったのか、という問題である。

 保身を考え、周りの視線を意識し、「何もしない」という現在の日本にある風潮と、その価値にスポットを当てた朝日新聞12月27日付け朝刊オピニオン面「耕論」の企画記事で、論者の一人として、「同調圧力の正体」(PHP出版)の著者でもある、組織学者の太田肇・同志社大学教授が、興味深いことを語っている。

 「組織維持を目的とする組織は、自縄自縛に陥っています。閉鎖性、均質性、共同体主義など『同調圧力』につながる要素が目立ち、新しい芽を生み出すことができなくなっています」

 「この社会に漂う閉塞感を突破するためには、逆をいくしかありません。異端の存在を認め、多様性を重んじる『個人主導』の社会に転換することです」

 つまり、人が波風を立てず「何もしない」のが得と考えるような、この社会の風潮に、「同調圧力」につながる要素が影響を与えているというのである。「自縄自縛」の中で、意思的にそれを突破する形になる前に、「何もしない」ことで保たれることの方に、人が価値を見出している、という現実にとれる。

 コロナ禍という、ある意味、たまたまコロナ罹患の不安とワクチンへの不安が秤にかけられる状況の中で、フェアに個人が比較・判断する間もなく、この社会では、あるいはもはや当たり前の、「同調圧力」的な要素によって、決断を出してしまった――。冒頭の後悔する人々の声のなかからは、そんな「同調圧力」社会のグロテスクな一面が、偶然にも浮き彫りになったような気がしてならない。



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