司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 さて、(民事)訴訟事件である限り、管轄の如何を問わず、依頼された生活事件を、まず法律構成するためには、適用条文を探し出し、判例を検索し、法律を解釈してあてはめ、法律上の権利を構成して、請求なり抗弁なりの訴訟上の請求、反論としなくてはならない。その際に頻繁に登場してくる一般条項や規範的構成要件の解釈の基準となるものが憲法規定なのである。

 
 我が国のように憲法規定の効力につき間接効力説を採用している国においては、民事法の専門家であろうと憲法の各規定に示される基本原理を知っておくことは不可欠の前提である。そのことは議論の余地もないほど明白だ。簡易裁判所は、本来、当事者国民本人が裁判所に出廷して口頭で弁論し裁判所が紛争の解決の手伝いをするというのが建前の制度であった。そこに提出する書類を、裁判所や国民の手助けをするために、代書するのが司法書士(裁判書類作成権)の仕事であった。

 
 規範的構成要件の解釈などはもっぱら裁判官の仕事であったろう。しかし、簡易裁判所管轄の事件とは言っても訴訟代理人ということになれば相手方もいるし、委任契約上の専門家責任を負うのであるから法律専門家にふさわしいサービスを、委任者に提供しなければならない。その司法書士が、立憲民主制、法の支配原則、法治主義、国家の基本法である、総ての法律、法規、命令等の解釈の基準となる憲法について一般生活者なみの知識しかないということであれば、その事態は、無視できないどころか大問題となる。それこそ司法書士法2条の品位保持職責規定に違反してしまうことになるのだ。

 
 さて、ここで、司法書士執行部愛用の司法書士の品位保持、業務適正義務規定について述べておこう。

 
 司法書士法2条は「司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない」と規定しており、その結果「司法書士が、本条に違反して、その品位を害し、又は公正かつ誠実に業務を行わない場合には、本条違反を理由として懲戒事由となる」(注釈 司法書士法 24P テイハン)と法務局職員である著者は警告する。もっとも、どういうわけか「業務に関する法令及び実務に精通して」いなかった場合には、どうなるか、それは記載されていない。「業務に関する法令及び実務に精通して」よりも「品位」のほうが重要というわけでもあるまい。とにかく私には、この懲戒の構成要件たる、(法務局長の懲戒という人権侵害行為を正当化する)「品位」保持義務違反なるものの正体とその具体的姿がさっぱり見えてこないのである。

 
 もっともこの品位保持義務規定は、立憲君主制を基盤とした明治憲法時代、昭和10年、満州事変、日中戦争時代に制定された司法書士法第11条「司法書士・・・品位ヲ失墜シタルトキハ所属地方裁判所長は・・処分ヲナスコトヲ得」という規定以来、現代の憲法下でも改正なく、今日まで続いてきた規定である。どのような時、どのような行為が「品位ヲ失墜シタルトキ」と言えるのか、評価するのは地方裁判所所長であった。

 
 今日では、行政庁の処分について国民が無効を主張するには審査請求又は行政訴訟という裁判所への不服申し立ての道があるが、軍国主義、全体主義の当時は、天皇陛下の部下であった官吏(公務員)に対して国民が不服を申し立てる道は様々な制限のもとで事実上はなかった。つい70年前には、軍隊の指揮権(統帥権)は直接天皇にあり、軍部は、国民ためではなく天皇のために存在し、公務員も人民の為ではなく、天皇を頂点とする国体なるもののために働いた。その指揮は天皇に任命された高等文官である行政官がとり、司法裁判所とは別の独立した行政裁判所があって、同じ高等文官である裁判所の司法官は一ランク下にあった。

 
 平成になり一連の行政改革、行政手続法が成立するまでは、戦前の美濃部教授の(ナチスドイツの公法理論の影響を受けた)公法理論と価値観の残り香が霞が関には漂っていた。その理論によると、法の世界は公法の世界と我々人民のいる私法の世界の二つがある。公法の世界は、天皇陛下を頂点としその使用人である公務員の世界により成り立っている。従って、公法の世界は、我々人民の属する私法の世界の一ランク上にあった。だから戦前の役人は偉かった。定年時には従何位勲何等という勲章をもらえた。年金のない時代に恩給も貰えた(今は共済年金)。その風習は今でもある。私の役人の友人たちも勲章を貰っていて「お前何等?」なんてクラス会の隅でこそこそ話している。

 
 というわけで、解釈自由自在の司法書士法2条の品位保持職責規定は、支配する側には、なかなか便利な規定であることは間違いない。指導する側、法を適用する側が、指導される側の、強制加入団体の囚われの旅人である一般司法書士会員を、恣意的、主観的に規制するには実に都合のよい規定であり、様々な団体規制によって、司法書士会員の憲法13条の権利、個人の尊厳と自由権、自律性、を侵害するについて、その理由づけをし、正当化をするためには、大変、重宝な規定なのであった。



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