司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈下級裁判所の裁判担当者すべてを意味する「裁判官」規定〉

 

 ㋥ 憲法80条1項の規定内容

 

 大法廷は、下級裁判所について、裁判官のみで構成される旨の明示がないという。これまで繰り返し述べてきたように、憲法第6章に裁判官とあるのは、下位法である裁判所法に定める裁判官を指すのではなく、裁判を担当する者の意である(拙著「なぜ続く」p125)。憲法80条1項に定める「裁判官」は、下級裁判所で裁判を担当する者の全てであり、その裁判官、即ち80条1項に定める任命手続を経た者だけによって裁判がなされるべきことを定めるものだから、特に裁判官だけが裁判を担当するなどと態々定める必要がなかったまでのことである。

 

 

 〈判員制度と憲法76条3項との関係〉

 
 憲法76条3項上、くじによって選ばれた素性のわからない一般素人の意見に裁判官が従うことを憲法は本当に容認しているのかという問題は、制度の合憲か否かの判断について最優先で検討されるべき課題である。

 
 その検討を怠って、他の合憲要素のみを検討事項として制度合憲と決めつけてしまってから、やおら合憲の法律に拘束される結果であるから、76条3項違反との評価を受ける余地がないというのは論理的には全く成り立たないことである。つまり、何ら正当な根拠がなく裁判員法は合憲の法律だと結論付けておいて、その根拠のない合憲法律を守ることだから違憲ではないと言っている、つまり、合憲だから合憲だと言っているに過ぎないのである(前掲西野「さらば裁判員制度」p200以下参照)。極めて乱暴な論理と言わざるを得ない。

 

 

 〈裁判員制度は憲法76条3項に違反する〉

 
 それでは、実質的に裁判員法によってくじで選ばれた一般市民の直感的判断によって内閣が任命した裁判官(裁判担当者)の判断が左右されることを容認することは許されるであろうか。

 
 くじで選ばれた個たる一般市民が国家権力の一翼である司法において最終の決定権、評決権を持つことは、大法廷判決の対象事件の小清水弁護人の上告趣意書中に記されているように、憲法の認めないところである(同弁護人上告趣意書、最高裁刑事判例集65巻8号p132)。

 
 もとより、裁判員が憲法80条1項の定めに従い選任され、憲法第6章の定めに従うものであれば、それは紛れもなく下級裁判所の裁判官(裁判担当者)であるから、他の裁判官もその判断に従う場面が出てきても、それはその点においては違憲の問題は生じないであろう。もとより、そのようなことは現実的には不可能であろう。

 
 しかし、裁判員法に定める裁判員は、実質的に裁判官の職務は行うけれども、憲法の認める裁判官ではない。単なる素人たる一市民に過ぎない、しかも憲法と法律に(通常は)疎い者であり、その意見に裁判官の判断が影響されることは、憲法76条3項の到底容認し得ないところである。

 
 現在死文化している我が国の陪審法では、裁判官は陪審員の判断に拘束されないことされている(いわゆる陪審の更新・陪審法95条)。その根拠については、大日本帝国憲法57条の規定により、主権者である天皇によって任命された裁判官の判断は一般人の判断に拘束されるべきではないからとされる(中原精一「陪審制と憲法論(1)明治大学短期大学紀要43巻」)。日本国憲法では主権者が天皇から国民に変わった。陪審法のさきの論理が正当とすれば、主権者国民から任命された裁判官(裁判担当者)の判断がそれ以外の者の判断に拘束されることは許されないことになりはしまいか。

 

 

 〈正当化するためだけの理論構築〉

 
 この拙稿の論題は、大法廷判決が、上告趣意とされていない論点について判示したことに関するものではあるけれども(「なぜ続く」P102以下に詳述)、裁判員制度の合憲性の検討上は必ず論じられなければならないことであるのでここに取り上げたものである。

 
 瀬木比呂志著「ニッポンの裁判」(講談社現代新書)に「結論正当化のためのレトリック」という見出しの箇所がある(P45)。(社会や政治、行政のあり方に大きく影響を与える)「価値」に深く関わる事案(同氏のいわゆる「価値関係訴訟」)における判断のレトリックは、「最初に強引に一定の方向の結論を決めてしまった上で、ただそれを正当化するためだけに構築されていることが多い」という。私が大法廷判決をこれまでしばしば取り上げ検討して来て強く印象付けられたことは、大法廷は、裁判員制度を何としても合憲と結論付ける方向一筋に涙ぐましく理屈を並べ立てる、正に瀬木氏のいう「ただそれを正当化するためだけ」の理論構築をしているということである。

 

 最高裁判所が「最低裁判所」(瀬木同著P20)と評価されることのない、真に「最高裁判所」であってほしいと国民の一人として強く念願するものである。



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