〈参政権行使と同じわけがない〉
その意味では改めて裁判員となることが苦役か否かを論じる意味もないかも知れない。しかし、それが苦役であることは紛れもない事実である。
一定の条件によって裁判員の辞退の認められる者、排除される者以外のものの中で、前述の、なりたい者、なっても良い者(本来はこれらの者は裁判員不適格者として排除されるべきであろう。
裁判は単なる見世物ではないし、暇つぶしの場でもないからである)を除き、なりたくない者を罰則の脅しをかけて裁判員にさせることが「苦役」と言えるかがここで問われているのである。
人間にとって、自分の欲しないことを無理矢理させられるほど嫌なことはあるまい。それは飲めない酒を無理に飲まされるようなもの、高所恐怖のものを崖の上に立たせるようなものである。長時間法廷に釘付けにされ、聞きたくもない話に付き合わされ、見たくない物を見せられ、果ては人を刑務所に送り込んだり、絞首刑を命じさせられたりすることが苦役でなくて何であろうか。
裁判は、裁く者にとっても裁かれる者にとっても本来は苦役の場である。裁判官は裁くことに苦しみや痛みを感じないのであろうか。これが参政権の行使と同じだという感覚は、到底理解できないものである。
〈公務員就任の強制〉
判決は、苦役に当たらないとの判示に続いて、「裁判員又は裁判員候補者のその他の基本的人権を侵害するところも見当らないというべき」と判示する。
憲法13条違反のことは既に触れた(第6回)。最高裁のホームページの裁判員制度に関するQ&Aに、裁判員の身分について「裁判員は非常勤の裁判所職員であり、常勤の裁判所職員と同様に国家公務員災害補償法の規定の適用を受けます」と記している。国家公務員法2条には「裁判官その他の裁判所職員」は特別職の国家公務員であると規定している。判決も、前述の「苦役」判断において触れているように、裁判員は旅費、日当、宿泊料を受ける(裁判員法11条)。憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と定める。
裁判員は有償の公務員という立派な職業である。かかる職業に就くか就かないかは本人の選択に委ねられるというのが、その憲法の定めではなかろうか。国民はいつから奉仕者である公務員になる義務を背負うことになったのであろうか。国家が国民に対し公務員の職に就くことを強制する正当性は、どこからも出てこない。
判決には、その点の判断は全く示されていない。このような義務が無批判に容認されることになれば、徴兵制の合憲判断も極めて容易になる。国民に対し裁判員となることを強制することは明らかに憲法22条に違反する。
以上に見て来たとおり、裁判員制度は、日本国憲法上容認し得ない、正に「違憲のデパート」であることは明らかである。