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 〈変化した最高裁長官の「新年のことば」〉

 

 今年(2017年)の寺田最高裁長官の「新年のことば」の中で、裁判員制度については次のように述べられている。「施行から9年目を迎え、国民の高い意識と誠実な姿勢に支えられて概ね安定的に運用されているとの評価を得ている裁判員制度についても、裁判員の安全確保のための方策を講ずるなど、誰でも安心して裁判に参加することができるよう国民目線に立った細やかな配慮や工夫に努めつつ、裁判員裁判対象外の事件をも念頭に置き、将来の刑事裁判の在り方まで視野に入れて、運用に工夫を重ねていってほしいところです」。

 

 寺田長官自身が「概ね安定的に運用されている」と評価している訳ではなく、誰とは特定せず或る者からそう評価されているという表現になっている。長官自身は自らの認識を明らかにせず、ただ、誰でも安心して参加できるよう運用に工夫してほしいと思っているということだけを述べている。

 

 昨年の同長官の「新年のことば」では、「施行から8年目を迎える裁判員制度が、国民の高い意識と誠実な姿勢に支えられて概ね安定的に運営されており、刑事司法の中核的地位を占めるようになっています。」と述べられていた。つまり、寺田長官自身の制度評価が述べられていた。それと比較すると、今年の「ことば」は僅かな表現の違いではあるが、内容は大きく変化していると言える。

 

 

 〈制度の危機的状況を反映〉

 

 昨年11月、殺人未遂で起訴された女性にかかる大阪地裁の裁判員裁判において、裁判員が毎公判期日に1人ずつ辞退の申出をして結局3人が解任され、また補充裁判員が2人しか選任されていなかったため、3日目に予定されていた公判を開くことができない事態が発生したと報じられた。地裁は辞退の理由を明らかにしていないという。

 

 昨年3月に発表された最高裁の裁判員制度に関する市民の意識調査では、「裁判員として刑事裁判に参加したいか」との質問に対し、男性の78.2%、女性の88.6%が「義務であれば参加せざるを得ない」或いは「義務であっても参加したくない」と答えているという。2009年からその数字は大きく動いていない。

 

 福岡地裁小倉支部における暴力団に関係する事件に関連して傍聴者が裁判員法違反に問われる事件が発生した。2016年5月、傍聴していた暴力団員が裁判員に声掛けをしたという事件である。その事件は前記の「新年のことば」の中の「安心して裁判に参加できるよう」との表現を使うについて長官の念頭にあったと思われる。その声掛けをした2人の被告人に対する裁判で、裁判長は「裁判員制度の根幹を揺るがしかねない結果を引き起こした」と指摘したと報じられた(毎日新聞2017年1月6日配信)。

 

 制度導入を目論んだ側からすれば、国民の裁判参加は多くの国民の主体的参加によって成り立つべきものとは言っても、一部の好奇心旺盛な者は別として、元々決して好まれる性質の仕事ではないから、国民参加とは言っても罰則付きで出頭を強制させざるを得ないという矛盾を孕んで船出させた制度である以上は、このような問題の発生は想定内との見方もあるかも知れない。しかし、そもそもそのような無理をし、矛盾を孕んだままで、最高裁判所大法廷判決に言わせれば「義務」を「権限」と言い替えざるを得ない形で、一般国民を参加させなければ成り立たない制度を発足させるに至ったことは、初めから制度制定自体に無理があったことは否定し得ないであろう。

 

 また、どのような制度も初めから理想的に運営されることはないから、そのことを前提とすれば、このようなデータが出、事件が発生したとしても、「概ね安定的に運用されている」と評価する人がいても必ずしも嘘とは言えないかも知れない。しかし、そのような評価のみを最大限取り上げ、裁判員制度自体、或いは裁判員制度を合憲と判断した最高裁判所判決を批判する声のあることには一言も触れない「新年のことば」は、国民に対する巧妙な騙しではなかろうか。

 

 また、裁判員不足の問題、前記の意識調査、裁判員への声掛け事件は、いずれも裁判員制度の危機的状況を示しているものと評価されこそすれ、間違っても「概ね安定的に運用されている」などと評価され得るものではないことは明らかである。それ故に長官自身は、「概ね安定的に運営されている」との昨年の自己の判断の表明は避けざるを得なかったものと思われる。

 

 本稿では、この制度制定について、立法事実がなかったことをも含めて、そもそも制度制定には無理があり、それ故に、根無し草同様まともな社会であればその制度はいずれ枯死する運命にあることを以下に述べたい。



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