司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈心の底から納得する幸せ〉

 

 「私たちはみな、幸せを求めています。このことは私たちが生きていくうえで何より大切なことです。ところが、この幸せというものが、いったい何物なのか、誰にもその実態はわかりません。しかし、多くの方が例外なく幸せを感ずるのは、心の底から納得したときである、ということは間違いないようです」

 

 この言葉は、私が人生の師と仰ぐ昭和大学藤が丘病院客員教授、出浦照國先生(2016年4月死去)のご著書「食事療法で透析を遅らせる――腎不全がわかる本」(発行所・日本評論社、2002年12月20日第1版第1刷発行)の「まえがき」の書き出し部分です。同感です。幸せは、「そうだ、そうだ!その通りだ!」と自分の生き方に納得できるときに、心の底から感じるものです。

 

 先生は、次のように続けています。

 

 「私は長い間、慢性腎不全に悩む大勢の患者さんをお世話してきて、このことをつくづく感じております。幸せの対象が何であるのか、どんなふうなのか、楽しいのか、つらいのか、お金が儲かっているのか、貧乏なのか、などということは関係なく、とにかくその方々が十分に納得している、ということが最大の幸せなのではないかと思います」

 

 私は医師ではありませんが、法律問題のクライアント(依頼者)から悩み事の相談を受けます。そういう点では、医師と近い仕事です。そのような体験に基づいて考えてみますと、クライアントが一番喜んでくれるのは、クライアントが納得したときです。

 

 先日、地方住民が「市長以下の普通地方公共団体の幹部職員の仕事のやり方は、地方自治法に反する不公正な行為だ」として監査請求をしましたが、監査委員会は、監査請求を棄却しました。住民らの皆様は納得できず、住民訴訟を提起しました。私は、その住民らの皆様の訴訟代理人に選任されました。原告ら住民と、被告市長との間で、法廷で互いの主張、立証をしたうえで、最後の主張をまとめた「最終準備書面」を出しました。

 

 それを読んでくれた原告ら住民の皆様方の言葉が嬉しくて、嬉しくて、仕方ありませんでした。「先生には、これまで何が何でも勝ってくれ、と言ってきましたが、最終準備書面を読んだら、勝ち負けはどうでもよくなりました。これだけ私達の言いたいことを言い尽くして頂き、負けても納得できます」と言ってくれたのです。

 

 私にとって、この言葉ほど嬉しい言葉はありません。弁護士冥利に尽きるのです。納得したクライアントも幸せな気持ちになってくれたことだと思いますが、代理人となった私も、「依頼人が納得してくれた。それで満足」という気持ちになり、幸せです。依頼人が納得し、代理人弁護士が納得する。これこそ、弁護士という職業につけた者の至福の時なのです。

 

 弁護士という仕事は、裁判で負けたり勝ったりします。ある先輩弁護士が、ある席上で、「50年も弁護士という仕事をしてきましたが、いつも、こっちが負けたり、相手が勝ったりだった」と言いましたが、私の場合もそれに近い感じです。ですが、最近では、勝ち負けだけにこだわることはなくなりました。それにより、依頼者が納得してくれること、自分が納得することを何よりも大事にするようになりました。

 

 

 〈納得につながる寄り添うこと〉

 

 どんな医師が一生懸命治療をしても、救命できないこともあります。弁護士が一生懸命頑張っても、敗訴することもあります。ですが、医師も弁護士も、「どうせ救命できないから治療しない」とか、「どうせ勝てないから、依頼者の言い分を主張するのは止めておこう」という訳にはいかないのです。全力で、患者の救命のため尽くさなければならないのです。依頼者の言い分を言い尽してやらなければならないのです。医者が、弁護士が、どこまで尽くしたか、ということで、患者や患者家族が、依頼者や依頼者の身内が納得するのです。

 

 先日、40年以上弁護士仲間として親しく付き合っている友人と酒を飲みました。彼は、「最近の若い弁護士の中に、やったって勝てそうにないから受任を断る、というヤツが多い。情けない」と愚痴っていました。私も若い時は、勝ち負けばかり気にし、依頼者に寄り添うことはしなかったと反省している時でしたから、心から共鳴しました。

 

 「寄り添う」とは、「主となる人のわき近くについていること」(角川必携国語辞典)です。病人には、病人の悩みがあります。医師は、病人の悩みに寄り添うことが肝要です。争い事の主人公には、弁護士が寄り添うことが求められているのです。救命できるかどうか、勝てるかどうかだけではなく、悩める人に寄り添ってやることが大事なのです。

 

 医師や弁護士は、病人や依頼者の悩み事を聞いて、寄り添ってやることによって、救命はできなくとも、勝訴できなくとも、病人や依頼者の納得が得られるのです。その納得こそ、医療行為や弁護行為の究極の目標だと確信しています。
(みのる法律事務所便り「的外」第319号から)

 
 

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