司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 「いまや世界そのものが語り、ものみなの凋落によって自らの終わりの近いのを証している。冬には種子を育てるほどの雨はなく、夏には穀物を実らすほどの照りもない。疲弊した山々から切り出される大理石はいよいよ少なく、掘りつくされた鉱山は金銀の算出いよいよ乏しい。

 

 田園には農夫の影なく、海には水夫、軍営には兵士の姿を見ず、広場には無私、法廷には正義、交友には和合が失せ果てた。

 

 だが血気あふれた青春の力を、誰が老年にも保持できるといえよう。すでに衰退の道を降って終わりに近づくものは、何人とて力衰えるのを免れない。これは世界に下された審判であり、神の法である」(セントキプリアヌス 258年)

 

 なかなかいい調子の名文であり、しみじみとして来るではないか。もちろん、今はそのような時代ではないが、今から30年後の日本と言えばそれほど外れていないかもしれない。第3次世界大戦さえなければ、人口減少社会の行方を暗示しているのかも知れない。

 

 「都鄙遠境ノ人民迄、花麗ヲ好ミ・・・只天下ハ破レバ破レヨ、世間ハ滅ビバ滅ビヨ、人ハトモアレ、我身サヘ富貴ナラバ・・」テレビコメンテーターの本音ではない。「応仁記」の一節である。今の世はこれで、前述の風景が、オリンピック後から始まる混乱のはての結末の風景。その時、私は100歳になっている、仙人のように生きているであろうか。

 

 安倍さん、トランプさん、金ちゃん、プーチン、ドテルテおじさん、周先生、今の世の中をかきまぜている人達だ。最近は、この人たちと「今だけ、カネだけ、自分だけ」のテレビコメンテイター達が活躍するワイドショーで、北朝鮮核生き残り作戦、相撲界大混乱を見ているうちに、さすがに飽きてしまった。最近では心臓の生涯鼓動数の動物間比較の本などを読んでいる。

 

 こんな時代には、進化論的スケールで歴史を見返すというのが良い。500年単位で物事を考えるということだ。また、ハラリ氏の人類史が ベストセラーになったのも、人類700万年の視点で、文明という言葉と物語りの世界を、見なおしてみたからだ。日本人は、明治維新のおかげで、西洋コンプレックスが骨の髄にまで浸み込んでしまったが、ルネッサンスの頃のヨーロッパと応仁の乱の頃の、室町時代中期の日本とどちらが、文明が進んでいたかそれはわからない。農業技術が進み、農民が豊かとなり市場取引が活発となり、土豪や国人が大名に取り入り侍となる時代というのは、当時、ヨーロッパ先進国のフィレンツやベネッチアと日本も変わらない。

 

 その後、ヨーロッパは、絶体主義、南北アメリカ侵略、アメリカ独立戦争、フランス革命、人権宣言となって、日本は徳川時代から明治維新となるのであるが、この二つ、ヨーロッパとアジアの運命を分けたのは、数字、数学という表現技術を持ったか持たなかったかにあるのであり、ギリシャの幾何学から、その表現技術である代数学を発明したのは、サラセン人すなわちアラビア人だったのである。



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