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 〈狙い撃ちされた現代社会に対する批判的分析の学問〉

 日本学術会議元会長の広渡清吾・東大名誉教授は、令和2(2020)年10月2日付け朝日新聞で次のように述べています。

 「日本学術会議法では、会員は学術会議の推薦に基づいて、総理大臣が任命するとあり、これまでは推薦したとおりに任命されてきました。今回は法の趣旨を曲げており、違法の疑いが大きく、かつ不当だ。問題は人文社会系の学者に限定して任命を拒否したこと。現代社会を批判的に分析しないとなりたたない学問が狙い撃ちされている。威嚇すれば怖がるだろうという、委縮効果を考えているとしか思えない」

 「問題は、人文社会系の学者に限定して任命を拒否したこと」と指摘していますが、人文とは、人間がつくった文化や文明ですから、自然科学と異なり、思想や良心に深くかかわる部分です。もっと端的に言えば、憲法改正問題、特に憲法9条の改定に反対するだろうと思えるような学者を排除しようとしているという指摘だろうと確信します。菅政権による任命拒否には、そういう意図が感じられます。

 広渡氏の言葉は、傾聴しなければならない話です。熱心に耳を傾けなければならない話です。菅前首相をはじめとする政権担当者はもとより、全国会議員も国民も傾聴しればならない話です。

 特に「現代社会を批判的に分析しないとなりたたない学問」という言葉は、人文社会系の学問研究の本質を鋭く言い当てています。この言葉には極めて重大な意味があります。学問は、これまでの社会が、それが正しいとか、国がこうすべきだとか決めつけてきたことが、本当かどうか、正しいかどうかを確かめる役割を持っているのです。これをしっかりと捉えておかないと社会の進化はなくなります。

 国家や宗教団体や、社会の有力者の考え方に異を唱える学説に対し、国や団体や有力者が、攻撃的態度や批判的言動に及ぶことは、絶対に許してはなりません。そういうことをするのが、学問の自由に対する侵害なのです。

 そういうことをしたら、学問の研究は委縮し、活気を無くしてしまい萎びてしまいます。学問研究は進歩しなくなってしまいます。学問の自由に国家権力が干渉することを許したら、他の憲法の規定も国家権力によって浸食されてしまいます。ここで食い止めなければならないのです。


 〈安倍・菅政権の憲法に対する考え方を正す機会〉

 学問の自由に対する弾圧の歴史は、洋の東西を問わずありました。外国では、ガリレイの「地動説」やダーウィンの「進化論」に対する弾圧などは、その代表例です。日本では、美濃部達吉の「天皇機関説」に対する弾圧が、その代表例です。

 学問の自由を侵害するような政権を許したら、思想良心の自由、表現の自由、信教の自由なども、次々と侵害されかねないのです。ここでしっかり歯止めを掛けておかなければ、基本的人権は踏みにじられてしまいます。個人の尊厳も憲法9条も危ういものになってしまいます。

 菅政権の学術会議問題に対する対応は、同政権の学問の自由に対する考え方が間違っていることを示しています。その対応には、納得いきません。ですが、国民の学問の自由を考える機会を与え、憲法改正の問題点を意識させたという意味はあります。安倍政権と、それを継承した菅政権の憲法に対する考え方の間違いを正す、いい機会を与えてもらったことは間違いありません。

 皮肉的な言い方になりますが、今、学問の自由について語れる機会を頂戴できたことは、菅前政権のお陰といえそうです。「災い転じて福と成す」です。いい機会ですので、学問の自由の本質を掘り下げてみましょう。

 (拙著「新・憲法の心 第29巻 国民の権利及び義務〈その4〉」から一部抜粋)


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