〈戦争や不正義へ憤りを持つ姿勢〉
地方弁護士は、弱い一人の地方住民の人命と人権を守るためなら、相手が国であろうと、大組織であろうと、百万の敵であろうと、世間であろうと、一人でも闘うという気構えがなくなくてはならない。弁護士になった以上は、そのような心の準備はなくてはならない。
弁護士法第1条のいう「正義」とは、子供にも良く分かる単純明快なものであり、それを実現するためには、そういう純粋で一途な気構えが必要だと確信している。弁護士になった当初から、そういう気構えだけは持ち続けたいと考えていた。その気持ちは若気の至りかと思っていたが、年を重ねる度に強くなってきている。
若い頃は血気に早って、判断が十分にできないまま、そのように決めたもののように思ったこともあったが、そうではなく、地方弁護士を経験するに従って、その気持ちは強くなる一方である。半世紀を超えて地方弁護士をしてきて、強きをくじき、弱きを助けるためなら、命を掛けることを惜しまないと本気で思うようになった。そう思えたら、地方弁護士の仕事は、よりやり甲斐のある仕事なってきた。
私淑するある方より、「先生は、戦争や不正義に対する強い憤りを持ち、世間の思惑も気にせず、渾身の力で発信してこられました。それが、先生の力であり魅力であり、安心の拠り所だと思っています」という手紙を頂戴した。お世辞も含まれているであろうことは分かっていても、長い間お付き合い戴き、普段から深く尊敬し、その考え方に共鳴する方からの手紙だけに、何よりも嬉しい一言である。
本当にそのようにやってこられたかは分からないが、自分の信念を分かってくれている人がいると思うと、心の底から嬉しくなる。この手紙には、涙が出た。思いを分かってくれる人がいることは、孔子の言う「朋あり」の心境となる。書いて戴いたようなことができているとは、いくら馬鹿でも思わないが、そのように生きてくれと言う激励の言葉としてこれを受け止め、戦争や不正義に対する憤りを持ち、世間の思惑や強い者に屈することなく、強きをくじき、弱きを助ける地方弁護士を目指して生きていきたい。
自分に対する評判や反応は、他人に迷惑を掛けることがなければ、一切気にせず、自分が正しいと思うことを言い行うと決めてやってきたつもりだ。それが分かってくれる人がいて、その人が尊敬できる人だっただけに嬉しさは格別だ。国家機関等によく思われたいなどとは全く考えていない。数を頼んで、弱い者のことを考えない政治家などに対しては、強い憤りを感じ、言ったり、書いたりしてきた。国家機関や、政治家や、役人に褒められたいとは思わない。そのような立場の人とは、時には闘わなければならないとの思いでいる。
普段から深く尊敬し、師と思うような方に認めてもらえることは、生きていて良かったと心の底から思え涙が出る。弱い立場にある個々の国民や、地方住民から信頼されることは、地方弁護士冥利に尽きる。これ以上の幸せはない。そういう意味では、「弁護士という仕事は、人生を賭ける価値がある」という前記「弁護士のすゝめ」の主張に共鳴する。
拙著「地方弁護士の役割と在り方――地方弁護士の商売」でも述べたが、地方弁護士の商売という面では、厳しい状況となっていると主張する弁護士もいるが、それはそれとして、地方弁護士には、このようなやり甲斐のある社会的使命がある。
〈たった一人でも闘う〉
前記の手紙は、どんな勲章をもらうより嬉しい。そのように見てもらっていると思うと、半世紀を超える地方弁護士生活が報われた気がする。この手紙は、地方弁護士としての今後の進む方向を示してくれていると確信している。戦争や不正義に対し、憤りを発信し続けたい。それが地方弁護士の社会的使命だと信じ生きていきたい。これからも子供のような言い方になるが、月光仮面のような正義の味方になりたい。強きをくじき、弱きを助けたい。
地方弁護士となって半世紀を過ぎ、そのように言ってもらい、カネは残せず、「カネの稼げる弁護士となりたい」との夢は実現してはいないが、「敵は100万人いようとも、一人の命と人権を守るためには、自分の命を掛けてでも、たった一人でも闘う弁護士になりたい」という夢に向かって動いてきたように思え、自分が思う地方弁護士の使命をいくらか果たしてきたような気になれる。
この手紙をエールと受けとめ、地方弁護士の社会的使命を果たすため、最後の最後まで頑張る。それが我が人生を楽しみ尽くすことになると確信している。
地方の弱小高校の校長の壮行の言葉は、「勝ってこい」ではなく、「負けても最後まで頑張れ」の一点張りだった。勝つ見込みがないので、せめて最後まで頑張れというものである。
この言葉は母校のモットーとなり、「粘り強く、負けても頑張れ、最後まで」は、私の信念となった。「敵は100万人いようとも」などと言うのは勇ましいだけで、実現できないことのような気もするが、100万人だって一人一人の集まりでしかない。一対一の勝負に過ぎない。やればできる。どちらがどれほど本気でやるかという問題である。阻止しなければならないことがあれば、命をかけて阻止するだけである。
個人としての地方住民は弱小であり、国家機関、地方機関、大企業、大組織に比べれば、個々の地方住民の存在など虫けら同然の存在だ。しかし、一寸の虫にも五分の魂はある。その魂こそ、全地球より重いのだ。その言い分は、言い尽くしてやらなければならない。一人の地方弁護士にも五分の魂はある。
例え相手がどれほど強大であっても、依頼者が弱小に地方住民であっても、「強きをくじき、弱きを助ける」という一念で闘うのが、地方弁護士の社会的使命だと固く信じている。この気持ちは、若い頃から芽生えていた。地方弁護士としての経験を重ねる毎に成長し、80歳となった今、揺るぎないものとなっている。歳を重ねる毎に心は純粋になっている。
どんなに大きな団体でも、その構成員一人一人は一寸の虫であり、その集まりだ。互いに五分の魂を無視しては成り立たない。ここにこそ、100万の敵と言えども一人でも立ち向かえる真理がある。相手も人間でもある。心を尽くせば、分かってもらえる。
かつて最高裁判所は、「独りの命は、全地球よりも重い」と言った。一人の人間の命と人権を軽視したり、無視する者に対しては、敵は100万人であろうと、闘うのが弁護士の社会的使命である。地方弁護士も弁護士である以上、強きをくじき、弱きを助けることは、その社会的使命であると固く信じている。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~25巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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