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 〈相続紛争が起こる原因〉

 法律の専門家である裁判官や弁護士の中には、法律の条文や判例などばかりに夢中となり、法律より前に人間の心があるということを忘れていると思える人がいます。法も医療も生きるための手段に過ぎないのです。究極は、どう生きるべきかにあるのです。

 法律ばかり勉強してきた裁判官や弁護士は、法律や判例がまず頭に浮かぶことは止むを得ない面はありますが、楽しく生きるためには、法律が万能薬ではありません。法律は使い方を間違えると、薬が毒となることがあるのです。「健康のためなら、命もいらない」などという笑い話にならないように、専門家は心しなければならないのです。法の理屈のため、妥当な紛争解決を失念してはならないのです。

 法律の前に人の気持ちを大事してほしいのです。倫理とか、道徳とか、宗教とか、哲学とか、常識とか、どう生きるべきかという問題を考える上で、参考としなければならないものがあります。

 特に離婚問題とか相続問題とかは、法律より人の気持ちを優先して考えなければ、本当の解決はできません。法律に関わって生きている裁判官や弁護士も、法律より前に気持ちを優先させなければならない問題が、この世では多くあることを意識しなければならないのです。

 長男は、地元の高校を卒業と同時に、父母と家業である農業や商店や工場の仕事に従事し、40年経った。二男は、父から学費を送ってもらい、東京の大学を出て、サラリーマンとなり、東京で家庭を持ち、東京に家も建て、実家には何年も帰っていない。もう実家とは、何の関係もない生活をしている。そのような状況の中での父親の遺産は、長男一人が取得するものと、父も母も兄弟も、これまではそれが当たり前と思ってきた。ところが、父が死んだら、二男が法定相続分や遺留分という法律の規定を持ち出し、相続をめぐって争いが発生した――というケースはよく見られます。

 遺言書があっても、遺留分権を主張して争いとなるケースがよくみられます。法定相続分を取得しなければ納得できないと言って、遺産分割協議書の作成に一人反対し、相続問題がいつまでも決まらないというケースもあります。相続問題は、法定相続分とか、遺留分とか、寄与分とか、特別受益分とか、法律の規定に拘り過ぎると、裁判となり、長く苦しい紛争となってしまいます。

 その原因は、相続分に関する法律の規定を誤解しているからです。民法は、「配偶者の相続分は2分の1、子どもの相続分は2分の1、子どもが数人いれば子ども間の相続分は均等」と決めているから、その規定に従わなければならないなどとの誤解によるものです。遺言書があっても、法定相続分の半分は請求できるという遺留分権の規定があるから請求しなければならない、と誤解しているのです。

 民法の相続分の規定は、任意規定ですから、民法の規定に従う必要はないのです。ですから、父も母も長男も二男も、「父の遺産は、家業を継ぐ長男一人に取得させる」と決めれば、それでいいのです。そう決めれば、法定相続分の規定は出る幕がなくなります。父は遺言書でそう決めることができますし、遺言書がなくても、母と長男と二男は、遺産分割協議書でそのように決めることができます。そう決めれば、法律の規定は関係なくなるのです。

 それなのに二男の妻が、どこかで仕入れてきた一部分の知識で、「子どもは均等相続と法で決められている。あなたにも、法的には兄さんと同じ取り分があるからもらいなさい」と、夫をけしかけたり、二男が法律事務所へ相談に行ったら、「均等相続が法律ですから、あなたも兄と同じ取り分がある。遺言書があっても、遺留分権があるから取ってやりましょう」などとなり、これまで想定していなかった紛争が勃発することがあります。


 〈原因を作っている法律の規定〉

 最近は弁護士に相談しなくても、相続に関する知識はネットにも溢れていますから、部分的な知識は簡単に分かります。そのような部分的な法的知識によって法的に認められている自分の取り分を主張する人が少なくありません。そのため親や兄弟と裁判となり、長い紛争状態になるケースが出てきます。中には紛争がエスカレートして、親子関係断絶、兄弟関係断絶という事態が発生することもあります。

 これは、民法の相続分に関する規定が、任意規定であることを知らないことから発生するのです。もっともそれは知っていても、法律の規定があるから、これを使わなければ損だという人も少なくない気がします。法律の規定があるのだから、それを使って請求しなければ損だということになり、これまでの皆の気持ちを無視するような主張をなして、相続争いとなることがあります。これは、一部分的な法律知識がトラブルメーカーとなっているということです。

 こうなると、法定相続分の民法の規定は、争いの原因を作っていると言ってもよさそうです。法定相続分の規定がなければ、このような争いはなくなりそうです。

 遺留分の規定は、遺言書があっても、遺留分だけは請求できる規定です。これは被相続人の気持ちに反する規定です。この規定があるために揉めるケースが圧倒的に多いのです。遺留分の規定は廃止すべきです。この規定は使うべきではありません。

 繰り返しますが、民法の相続分の規定は、任意規定です。その規定に従う必要など全くないのです。遺産を残す人が法定相続分と違う内容の遺言書を作れば、法定相続分ではなく、遺言書通りになるのです。相続人全員が法定相続分とは違う内容の遺産分割協議書を作れば、それに従うことになります。

 相続人間全員で、遺産を誰がどう取得するか決めたものが、遺産分割協議書です。遺産分割協議書ができたら、法定相続分はなくなります。遺産分割協議書で決めた通りに分割されるのです。

 前例では、「父親の遺産は、長男が全部取得し、母と二男は遺産を取得しない」という遺言書か遺産分割協議書を作れば、それに従うことになります。法定相続分の規定は関係なくなるのです。ただ、遺留分の規定はありますので、遺言書を作っても揉めることになることがあります。

 ですが、「法定相続分に従わなければならない」とか、「遺留分を請求しなければならない」と考えるのは、誤解です。民法の規定は、原則として任意規定ですから、その規定に従う必要がないのです。法律の規定より、当事者の取り決めが優先します。

 楽しく生きるための相続を実現するためには、ここのところが大事です。しっかりと頭に入れて下さい。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


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