司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>



 首都圏を直撃した台風19号の暴風雨のさなか、東京都台東区が自主避難所を利用しようとした路上生活者(ホームレス)2人が、区に利用を拒絶されるという事態が起きていた。区側の説明では、理由は「住所不定」であることだという。

 記録的な被害が予想される台風の接近に際し、テレビのニュース番組などで、繰り返し「命を守る行動」を呼びかけていたなかでのコントラストが、よりこの出来事の問題性を浮き彫りにしている観がある。最も命の危険が想定されるホームレスに対し、行政がまさに「ホームレス」であることを理由に、支援を拒否したのである。

 当然、問題視する声がネットを中心に広がった。つまり、これは「差別」であり、行政としてあるまじき「排除」である、と。ただ、メディアへの反応を見る限り、区側は、一応指摘されている問題性を認識していないわけではなく、「住所不定者の避難場所という観点がなく、援助から漏れてしまった」と弁明し、今後対応を検討するという姿勢である。

 予想外の問題化と注目のされ方に、こうした弁明と姿勢に転じた、という見方をすれば、それ自体、評価は分かれるところだろう。どこまでも守るべき命として、平等に扱えなかった行政のあり方の問題性は、何度でも問われていい。おそらく、ここまで批判的な見方が露出しなければ、いまごろ今回の事態への反省も弁明なかったのだから。しかし、あえていえば、この事態が浮き彫りにしていることは、そこだけに止まらないように思う。

 今回の事態を取り巻いている社会の反応は、区の行動を問題視するものばかりではないという現実である。ネットには、区側の対応を擁護する声、あるいはホームレス受け入れを不安視する見方も実は溢れている。現実問題として、台東区のホームレスが避難所に押し掛けた場合、非難して来た他の市民と同じ場所で過ごせるのか。異臭や衛生面の問題を指摘する声、身元が分からない人間の行動に対する不安、中には性犯罪を含めた犯罪の恐れをいうものもいる。

 ホームレスに対して、お決まりの自己責任論をいう声もある。さらには、前記区の対応への批判者に対しても、「文句があるならば、(批判者が)自分の家で、彼ら(ホームレスたち)を引き取れ」などと言うものもいたりする。

 今回の区の対応が、こうした世論を恐れ、あるいはそれを忖度した結果であると断言することはできない。しかし、少なくとも、こうした世論が、行政の「命を差別しない行動」へのクレームと化すことも、そして逆に彼らの「命の守る行動」の足を引っ張るものになることは十分予想される現実が存在しているのである。

 そもそも「ホームレス」という言葉は、既に社会の中で「差別用語」として機能しているという指摘がある。

 「十分な根拠を持たない、否定的な、歪んだイメージによって意識が作られ、さらにその意識が『ホームレス』という言葉の中で、差別的思想となって増幅していく。それが彼等を被差別者集団としてカテゴリー化し、彼等が望む社会的に平等な待遇を拒否することにつながっていく」
 「『ホームレス』と呼ばれるだけで、社会からは否定的イメージで捉えられ、異質なものとして、忌避・排除・いじめ・攻撃の対象となっている。そこでは市民社会を構成する人間としても認められてはいない。さらに、社会的なあらゆる諸権利、機会が剥奪され、『社会的無権利状態』におかれる。彼らは差別的思想の集団の前では、人権を持つ人間としては扱われず、社会に害を為す無用な異物として、感情的に攻撃または排除されてゆく」

 「現代社会の日常の中で蓄積される個人的・社会的な様々なストレスが、差別感情のエネルギー源となっているのではないだろうか?欲望を煽り、消費を煽る資本主義の社会構造の過程で、充足が満たされなかった結果発生したフラストレーションが、社会的弱者への憎しみや敵意に転化し、攻撃的な差別感情となってホームレスに向けられる。本来の不平不満の『スケープゴート』となって、怒りや敵意をぶつける格好なターゲットになっていく」(「ホームレス排除の意識構造を考える」TENOHASIのひろば)

 今回の事態で、私たちは、まさに「命を守る行動」が呼びかけられた社会での、彼らの「社会的無権利状態」を垣間見たのではなかったか。今回の区の対応を、問題視する社会の目が厳然と存在していたこと、それによって、前記市民の現実的な不安の解消を含めて、行政側が具体的な対応を検討するという方向を導き出されたのであれば、それは率直に評価し、期待したいところである。

 しかし、あえていえば、今回の事態が、巨大台風という異常事態に直面した行政が踏み外した、いわば突出した例外的事態として収めることは危険なように思える。ホームレスの「社会的無権利状態」を生み出し、排除することで、彼らの「命を守れない」社会を支えるのもまた、私たちかもしれないからである。



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