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 法務省が今月10日に発表した今年の司法試験合格者は1502人。この結果に、一部日刊紙は、「政府目標は上回る」という、微妙な見出しを打った。政府目標が「年1500人以上」と設定されていることからすれば、間違いではないが、より現実に即していえば、「かろうじて下回らなかった」というのが正しいからだ。

 そもそもこの政府目標というのは、いわゆる達成目標ではなく、「最低死守ライン」を提示したものといえる。ある意味、その発想の懸念通り、司法試験合格者数は4年連続の減少。さらにいうと2015年にいったんやや増加に転じただけで、2012年をピークに下降傾向が止まらない。つまり、現実をより正確に表現すれば、司法試験合格者は、遂に政府の「最低死守ラインにほぼ到達してしまった」ということなのである。

 これからどうなるのか――。受験者も2011年をピーク(8765人)に下降傾向(2013年に一旦増加に転じたものの2015年から再び下降)で、今年の受験者(4466人)はピーク時からも半減している。一方で、合格率は33.6%と2008年以来11年ぶりに30%を超えた。ここに受験者減少のなかでの、まさに合格者数「死守」のための、政策的な「努力」を読み取ることは容易といわなければならない。

 今後、受験者数が回復するという見通しが立たなければ、当然、予想されるのは「死守ライン」の後退(新たな死守ラインの設定)か、政策的「努力」の継続ということになる。しかし、資格試験である以上、合格者数維持のための政策的「努力」には、当然、限界があるし、その結果としての合格率上昇という現象自体、資格試験で問われる能力レベルの確保、資格制度の公平性という意味では、本末転倒という批判を招きかねない。

 一方、新たな「死守ライン」の設定は、この状況ではむしろ避けられないようには見える。新たな防衛線をどこに提示するのか、ということが、業界内で早くも取り沙汰されている。

 しかし、いうまでもなく、これら数値目標を含めた政策的な選択結果の行方以前に、問われなければならないのは、それを導き出す基本的な発想であるといわなければならない。つまり、端的にいえば、何のために、何を前提にそれらが設定され、選択されるのか、ということである。

 司法試験合格者状況の「出身別」内訳となると、その合格率最上位には、いつも「予備試験」という文字が記される。今年の結果でみると、予備試験組合格者の合格率は81.8%で、実に法科大学院組の平均より52.7ポイントの開きがある。この違いを事前の選抜を経ているかどうかの違いとみることもできるが、法科大学院制度が本道である以上、それで片付けるわけにはいかない。

 この差をどう縮めるのか、縮められるのかは、同制度が問われ続ける問題のはずである。輩出者のレベルの決定的な差異は、本質的に本道のあり方や存在意義につながる。それにかかわらない、制度維持に必要な数の「死守」の意義とは何なのか、という問題である。政策的「努力」によって、合格率が上がっても、その恩恵は一義的に「予備試験」組に回る可能性だってある。

 しかも、そもそも「死守ライン」が設定されるほどの、合格者数が、法曹のニーズから逆算されているとも言い難い。1500人死守でも弁護士は増え続けている。3000人合格を旗印に始まった法曹養成制度「改革」のアプロ―チを引きずっているだけで、漠然と「法曹のニーズはまだまだある」と言い続け、実際の弁護士の経済状況や需要に見合う数から導き出されているわけでもない。

 「改革」が生み出した増員政策と法科大学院は基本的に維持する、ということから逆算された方針そのものを、どこまで「死守」しようとするのか――。今後の方針転換で改めて問われてくるのは、その根本的な目的と意味である、といわなければならない。




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