司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 11月18日、消費税率引き上げの延期ともに、衆院解散・年内総選挙を表明した夜、民放テレビの報道番組(「NEWS ZERO」日本テレビ系、「NEWS23」TBS系)に出演した安倍晋三首相の、「アベノミクス」の効果と、消費税延期の決断について民意を問う正統性を、能弁にまくしたてる姿が、全国に流れた。そのなかで、あるシーンが、ネット上で話題になった。前記「NEW23」で、街の声を聞いたVTRに対する反応だ。

 

 「これはですね、まぁちょっと『街の声』ですからね、皆さん選んでいると思いますよ。もしかしたらね」
 「中小企業の方々で小規模事業者の方々で名前を出してテレビで『儲かってます』って答えるのは相当勇気がいるんですよ。納入先にですね、間違いなく、どこにいっても、これ常識ですが、納入先に『それだったらもっと安くさせてもらいますよ』と言われるのは当たり前ですから」

 

 要は、意図的に「街の声」をメディアは編集して、「アベノミクス」効果に対して否定的な印象を与えるように作り、小規模事業者は本当はその恩恵を受けているはずなのに、彼らの事情で言えないだけだ、と言っていることになる。既に、この発言に対しては、もはやこれが一国の首相の突っ込み方なのか、といった、あきれる声も聞かれる。ただ、ここにはこの首相の本当の姿、あるいは心底を見た思いがした。彼は怯えているのではないか、と。

 

 これまでの多くの歴代首相ならば、おそらくこんな突っ込み方はしないだろう、というか突っ込む必要を感じなかったのではないか。「『街の声』は真摯に受けとめる」でも「そういう意見があるのは承知している」でいい。むしろ、その方が印象が良く、「一国の首相」云々の批判を導き出すこともない。しかし、彼はこうはできなかった。逆に、マスコミ批判的な世論の同意を求める形で、「街の声」を認めない姿をここであえてさらしているのだ。

 

 ここから一本につながるような動きが起こる。この2日後、自民党は在京テレビキー局の編成局長、報道局長宛てに、ゲスト出演者の選定、特定の立場からの特定政党出演者への意見集中、街角インタビュー等での公正・中立な立場を要求する文書が送り付けられた。そのなかには、過去においては、具体名は伏せているものの、「あるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、それを事実として認めて誇り、大きな社会問題となった事例も現実にあった」などという記述もある。

 

 これが「公正・中立」という正当な要求の体をつくろった、世論の批判を封じる恫喝である、という、世論の当然の反応を予想できないとは思えない。前記の「街の声」への別の対応同様、政権批判を受けて立てばいい。しかし、この自民の対応は違う。恫喝、言論封殺といわれても、マスコミの世論誘導批判の「そうだ、そうだ」をとった方が得策という判断である。

 

 この要求の「効果」が早速出たということが話題になっている。テレビ朝日系の討論番組「朝まで生テレビ!」の出演予定者が「質問が一つの党に偏り公平性を担保できなくなる」などとして、テレ朝側から出演を取り消されていたと伝えられる件だ。タブーに切り込むことを売りにしてきた同番組が、その看板に傷をつけてまでこの対応をせざるを得なかったことに、こうした政治的対応に予想以上にもろく、委縮してしまう大マスコミの現実をみる思いはする。

 

 ただ、この「効果」で、自民党あるいは連なる安倍政権は「返り血」を浴びる。「効果」があれば、なおさらのこと前記要求の問題性が、この政権の体質、あるいは安倍晋三という人間の体質とともに取り上げられることになるからだ。

 

 彼は、過去にも同じ体質をうかがわせることを露呈している。内閣官房副長官だった当時の2001年、次年度のNHK予算案を説明しにきた同局幹部に対して、放送前のテレビ番組「ETV2001 戦時性暴力を問う」の内容に触れ、その後番組が改変された、という問題だ。「介入」「圧力」という批判に対し、「公正・中立」への要求という弁明に終始したことや、現実的に「効果」が出てしまうマスコミの現実も、今回と被さってみえる。

 

 彼のなかには、マスコミの世論操作という問題設定と、それを「圧力」でなんとかできるという発想があり、それは自らに対するアンチな風を、別のアンチな風に乗っかって跳ね返そうとする思考傾向につながっているように見える、最近、ネット上、彼と「ネトウヨ」の体質的な共通点を指摘する声が目立つが、イデオロギー的なものだけでなく、思考傾向においてそこは被るという見方がそこにあるのは、まさにこの手法を指しているようにとれる。

 

 しかし、彼はなぜ、そうせざるを得ないのか。それは、やはり「アンチ」を恐れている、むしろ追い込まれているからだ。どんなに能弁に強気の姿勢を示しても、堂々と受けて立つという姿勢ではなく、「アンチ」に対する「アンチ」の賛同の力を借りて、マスコミを悪とすることに走ってしまう。前記「街の声」に対して、必死に「本当の『街の声』は違う。だってマスコミは、それを作るじゃないですか。そうでしょ、みなさん」というしかないのだ。

 

 安倍晋三という人物のタイプを冷静に分析している専門家のコメントがあった。

 

 「安倍首相は典型的な自己愛型の人格です。このパーソナリティーの特徴は、好調時と窮地に陥った時の人格が豹変することです。調子がよい時は高い理想を掲げて立派なことを言うのですが、ひとたび崩れだすと感情を制御できなくなる」
 「しかも、都合の悪いことが起きると『自分は悪くない。誰かがオレの足を引っ張ったんだ』と責任転嫁し、攻撃的になるのです。これほど攻撃的になっているのは、精神的にかなり追い込まれているのだと思います。大臣の“ダブル辞任”やGDPの落ち込みなどが、ダメージを与えているのでしょう」(11月21日付け、日刊ゲンダイ「生放送で『国民の声』にブチ切れ 安倍首相“精神状態”に異変」、心理学者・矢幡洋氏)

 

 秘密保護法案や集団的自衛権で「民意」を問うことはせず、政権が追い込まれ、その延命のためには「民意」を問うと掲げてみせる。それでいけると思う彼は「民意」軽視といえるが、ある意味、大きな「民意」の反発とそれに対する怯えがあるからこそ、堂々とはできない。「民意」が彼を怯えさせるのならば、本当の彼はそれを軽視できていないという逆説的な話にもなる。

 

 堂々とできない、怯え、そして攻撃的な彼の姿に私たちが見るべきものは、もはや民主主義の「正道」を見失ってしまっているリーダの姿というしかない。しかし、一番肝心なことは、別にある。それは、彼にそのことを教えるのは、これから待ち受けている、私たち国民の仕事であるということだ。



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