司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 8月26日夕、東京・霞が関の弁護士会館で行われた安保法案に反対する「学者の会」と日本弁護士連合会の共同記者会見の光景は、それだけでただならぬ現在の法案をめぐるわが国の状況を示していたといっていい。記者会見には全国約100大学の学者、弁護士、元最高裁判事、元内閣法制局長官ら総勢300人が結集。会見の最後には、その各々が「違憲」「廃案」のプラカードを掲げて、反対をアピールした。

 

 これだけの法律関係の専門家が、一つのテーマについて一堂に会して、一致した表明をすることは、初めてという見方もされている。護憲・改憲という対立構図ではなく、今回の安倍政権の手法そのものが、許されざる立憲主義の破壊であるということ。国民の声に耳を傾けず、誠実に答弁せず、議会政治を破壊しながら推し進める法制定の動きへの危機感から、大同団結した専門家の声を、この政権と与党国会議員は、本当に無視するのだろうか。無視できるのだろうか――。そういう思いが、度々、湧きあがって来る光景だった。

 

 ただ、この会見にこのほかにも印象的なシーンがあった。それは、まさに日弁連・弁護士会の使命にかかわる点だ。冒頭、発言した村越進・日弁連会長は、次のように述べた。

 

 「日弁連は強制加入制の法律家団体でありますが、立憲主義の破壊だけは認めることはできない。そんなことがまかり通るようであれば、憲法が憲法でなくなってしまう。人権を守るための国家権力への歯止めがなくなってしまうと考え、その一点で一致して安保法制に反対しています」

 

 このことを村越会長が、まず、もって述べた事実からは、この点があくまで強制加入団体である弁護士会として付きまとう、対外のみならず、会内に向けてアピールしなければならないテーマであるという重要度を、当然ながら彼がよく認識しているということをうかがわせた。弁護士会活動の一部を「政治的」として、会員の思想・信条の自由から、強制加入団体にふさわしくない、とする会内にある批判的論調。これまでも度々顔を出す、こうした論調は、今回の安保法案に対しても出されている。

 

 弁護士法1条、とりわけ「人権擁護」の一時をもって、会員のコンセンサスを得る形で発信されてきた日弁連・弁護士会の意見表明に対して、近年の弁護士の経済的な困窮化に伴う会費負担感の高まりと相まって、会内の不満感は高まる傾向にある。

 

 その意味では、今回の村越会長が述べた「立憲主義の崩壊だけは認められない」という一事で一致するということが、日弁連・弁護士会の使命として、前記批判論を、ある意味、超越する形で認められるということは、その活動の限界、別の言い方をすれば、どこまでこの組織に社会は期待できるのか、という等身大の姿を社会に示すものともいえる。

 

 「学者の会」として、続いてあいさつした廣渡清吾・東大名誉教授は、まず、日弁連が法律上、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命としていることを指摘したうえで、今回の行動は「その使命を果たすべく、国民の先頭に立たれたことは国民に対して大きく、心強く、勇気づけるもの」と賛辞を送った。そのうえで、日弁連の活動は主権者・市民としての活動であるとともに、弁護士としての社会的責任を果たす活動だ、という認識を示し、そこに学者・研究者としても同様の視点に立った共闘の意思を示している。

 

 さらに、もう一つ印象的な場面があった。質問した三人の記者のうち、東京新聞の記者は問題になっている「砂川事件」判決の評価との関連で見解を求めたが、濱田邦夫・元最高裁判事から「問題がないのではなく、問題にならない」の一言で片づけられ、産経新聞の記者は、前記したように明確な説明がなされた「強制加入」との関連を改めて村越会長に問い、会場からは失笑やヤジが起こった。

 

 なかでも朝日新聞は、具体的にこれらの声を国民に届けるにはどうしたらいいのか、といった「アイデア」を参加者に尋ね、山口一郎・法政大教授が「具体的な方法なんてない。私たちができることは声を出して世論をつくること。それを新聞やテレビが報じてくれれば広がる」と回答。

 

 さらに中野晃一・上智大学教授は、強制加入である日弁連も、学問として取り組んでいる研究者も政治活動で取り組んでわけではなく、あくまで専門家として価値規範に根差して活動しているという趣旨を述べたうえで、「報道も中立とかバランスをとることではなく、報道の自由を可能にする前提にかかわることがここまで崩れてきているというのであれば、組織人であってもプロフェッションとして前提になるものが崩されようとしているという問題意識でかかわる人間が一人でも増えれば変わってくる」と述べ、会場から大きな拍手が起こった。

 

 ある意味、拍子抜けするほどの新聞記者の質問の浅さに、何かここに参集した学者らとの温度差といっていいような格差を感じ、そこにまた別の危機感を感じたのだった。

 

 結果として、この会見に関する報道は、彼らが立ち上がったこと自体が示しているはずの、本当の危機感を十分に伝えているとは言い難い。幸いにも、われわれはネット時代、この会見の一部始終を見ることができる(トップページ「New Topics」欄参照)。私たちは、いまこそ、自らの意思で、今、無視されようとしている専門家たちの声に積極的に向き合わなければならない。



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