司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 特定秘密保護法案の、衆院での強行採決を伝える報道番組のなかでは、度々「なぜ、そんなに急ぐのか」という問いかけが聞かれた。おそらく多くの国民が感じている、率直な疑問の声である。

 

 政権発足1年を前に、改憲、集団的自衛権などに先駆けて、まず「安倍カラー」といえるテーマでの「実績」を作りたかった、チャンスを逃すとまた長期にわたり成立が遠のいてしまう国家秘密法案の二の舞を意識している、はたまた今回の法案の問題性に国民が気付く前に通してしまいたい、など、さまざまな急ぐ理由が、識者からも聞こえてくる。

 

 いずれの理由だったとしても、この法案の影響の重大性からすれば、当然、国民としては看過できないものを含む。しかし、国民は、そのこと自体、結局、本当のことは分からない。分からないまま、話はどんどん進んで行く。この状況そのものが、まさにこの法律が成立したのちの、わが国社会を象徴しているようである。

 

 前記問いかけとともに、私たちは今、もう一つの重要な問いかけをしなければならないように思う。つまり、「なぜ、こういうことがまかり通っているのか」ということである。法案提出前のパブリック・コメントで8割近くが法案に反対の意見であろうが、衆院強行採決の前日に福島市で行われた地方公聴会で、意見陳述者全員から反対・慎重の意見が出されようとも、さらにマスコミも連日、この法案の問題性を強く指摘しているのに、それらを一切顧みることなく、いわば平気で、国会議員が法案を押し通すことができる、そのこと自体の不気味さともいうべきもののことだ。

 

 この疑問に対する解につながるととれる印象的な言葉を、報道関係者が法案成立を目指している与党政治家から聞いたとして紹介していた。いわく、「国民は忘れるはずだ」と。この法案の問題は、消費税問題とは違う。通してしまえば、国民はいつまでもこの問題で政権政党とその国会議員を批判しつづけはしないだろう、ということである。いうまでもなく、それは、彼らの最大の関心事である、次の選挙に影響しないというヨミのうえに立っていることを意味する。

 

 この見方は、実は現在、起こっていることに対する説明として、最も分かりやすく、腑に落ちるものである。この法案を推進する議員のなかに、たとえ次の選挙で議席を失っても、強行に成立させるべきと心底考えている政治家がいないとはいえない。だが、一方で、もし、前記したようなヨミが成り立たない場合に、果たして彼らが一丸となって強行に及んだかは疑わしいことは、多くの国民が分かっている。衆院通過に当たり、安倍首相は、参院審議などを通じて、さらに国民の理解を得ていくといったコメントを述べているが、前記ヨミ以上に、首相がいうような国民理解やそれへの努力を彼らの強行の前提として被せてみている国民がどれほどいるだろうか。

 

 そして、このことは同時に、彼らのなかに国民に対する、大きな侮りが存在していることを示す。国家が恣意的に位置付けた「秘密」に対する、目隠しがなされる法案の成立を、国民の不安を無視して強行に成立させながら、その当の国民は「忘れる」と高をくくる姿勢。いうなれば、これはわが国の民主主義自体に対して、高をくくっているといっていいものである。

 

 もちろん、国民は今、この彼らのヨミに応えるような存在になってはならない。そして、こうした国民に対する侮りがまた、この法律が存在する未来で、「秘密」が秘密のまま、国民が目隠しされ続ける状況を支えることを、我々は今一度、ここで確認する必要がある。前記「分からない」ということともに、「分からなくてもいいことなる」という意味で、これもまた、この法律成立後の社会を象徴しているというべきである。

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