司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈ズレを埋める納得〉

 

 憲法22条は、「何人も、職業選択の自由を有する」と書いています。国民の権利の一つで、「職業選択権」とか「職業選択の自由」と呼ばれています。そのまま素直に読めば、国民は誰でも自分の「職業」、つまり生活を支えていくためにする仕事を「選択」、つまり選び取ることは「自由」、つまり他から何らの条件もつけられることがない、ということになります。

 

 この憲法の規定から言えば、「どんな仕事を選んで、自分の職業にしようと、誰からも、国からも制限されることはない」ということになります。

 

 ですから、誰でも医師になりたいと思えば、なれるはずなのです。日本国民は、日本国において医師になりたければ誰でもなれると、憲法は「保障」、つまり、侵されないように守ってくれることになっています。

 

 憲法の規定はそうなっていますが、現実はどうなっているでしょうか。憲法の規定と現実とは、ズレがあります。このズレを埋めるのが、憲法を論ずることになるのではないでしょうか。「このズレを埋めていきたい」との思いで、「いなべんの憲法論」を発刊することにしました。

 

 医師法2条は、「医師になろうとする者は、医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない」と定めていますので、医師資格のない人は医師にはなれません。憲法の職業選択の自由は、医師法という法律によって、制限されています。自由ではなくなっています。侵されていることになります。形式的には、「私たち国民が保障されている職業選択の自由が守られていないのではないか」という疑問が湧いてきてもいいような気がします。つまり、「医師法2条の規定は憲法違反ではないか」という問題が生まれてきてもよさそうな気がします。

 

 ですが、医師資格のない人は医師になれないということは、普通の方なら誰でもわかっています。そのことについて、文句を言う人は誰もいません。形式的には、憲法の規定と現実とはズレていますが、ほとんどの人は、ズレとは感じていないのです。ズレが埋められているのです。

 

 なぜなのでしょうか。それは、国民が納得しているからです。「納得」とは、「よくわかって、もっともだと認めること」、「理解してうけいれること」(角川必携国語辞典)です。私も、医師資格のない人には、医師の仕事をさせてはならないと思います。医師法の「医師資格のない人には医師の仕事をさせない」という「職業選択の自由に対する制限」には、異議はありません。医師資格のない人に、手術だといって腹を切り開かれては危なくて仕方ありません。

 

 ですから、「医師の仕事をする人は、医師資格がないとできない」とする医師法の規定に対し、私は憲法違反だなどと言うつもりはありません。このように考えるのは、私一人に限らないと思います。むしろ、国民の多くの人、ほとんどの人は同じ考えだと思います。誰もが納得しているのです。ストンと腑に落ちているのです。

 

 この納得こそキーポイント、つまり問題を解決するための重要な手掛かりになるのです。納得がズレを埋めているのです。

 

 

 〈自分で考える憲法論〉

 

 憲法問題は難しいと思われがちですが、国の法律や、国・地方の行政や裁判が憲法に反しているかどうか、という問題を考える場合、そのような法律に、行政に、裁判に、自分が納得できるかどうかを考えればよいのです。そのような法律や行政や裁判が、自分の腑にストンと落ちているかどうかが大事なのです。

 

 他人がどう思うかはともかく、自分はどう思うかを考えてみることが大事なことだと確信します。自分自身が「あの考え方はもっともだ。よくわかった。うけいれられる」と思ったら、「合憲だ」、「憲法違反ではない」と考えてよいと思います。納得によって、憲法と現実のズレが埋まったのです。

 

 その自分の考え方が「どうも不安だ」と思われるときには、「他人はどう考えているのだろうか」と、周囲の人の考え方を聞いてみたり、さらにもっと詳しく知りたいと思ったら、専門書を読んでみたり、インターネットで情報を集めたり、専門家の話を聞いてみればいいのです。その結果、考え方が変わったら、それはそれでいいのです。それこそ勉強したのです。それにしても、まず自分です。自分が納得できるか、できないかが大事です。

 

 私は、専門書を読んだり、インターネットで情報を集めたりすることが苦手なので、自分の頭の中で考えることにしています。これまでの自分の経験則と将来の夢(理想像)を秤にして、「こうあってほしい」という憲法に対する思いを込めて、「納得できるか、できないか」という秤で、法律や行政や裁判が「合憲」であるか、「違憲」であるかの判断を下すことにしています。

 

 これから書く「いなべんの憲法論」という私の憲法に関する本は、憲法の解説書でも専門書でもありません。法律や行政や裁判で憲法問題が生じているケースを中心に、私の考え方を紹介するものです。読者諸氏には、それぞれ自分の憲法論を考え出してほしいのです。そのきっかけになればとの思いで、私が憲法問題に関して納得していること、納得していないこと、それはなぜかをランダム(手当たり次第)に書き散らしてみます。

 

 私の憲法に関する問題に向う基本姿勢は、まず私自身がそのような法律が、行政が、裁判が、憲法の理念に適うものかどうか、自問自答し、納得できるかどうか見極めたいのです。

 

 私個人の考え方が、読者諸氏がご自分の考え方を見極める際、何某かのお役に立つことを心の隅で期待しながら書いてみます。「なるほど、そういう考え方もあるのか」と、読者諸氏が憲法問題を考える「呼び水」、つまり、きっかけをつくることができれば嬉しいのです。

 

 46年間も弁護士という法律に関する仕事をさせてもらいました。弁護士も、弁護士法という法律により、資格がないとできないとされている職業です。「職業選択の自由」が制限されている仕事を、国家、その主権者の国民の皆様から、弁護士の資格をいただき、46年間もその資格を取り上げられることなくやらせて頂いた幸せに、心から感謝の気持ちを込めて、私なりの憲法に関する本を書いてみます。
(みのる法律事務所便り「的外」第319号から)

 
 

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