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 〈誰が日本国憲法に納税の義務を定めたか〉

 日本国憲法には、第1章の「天皇」、第2章の「戦争の放棄」に続き、第3章に「国民の権利及び義務」の規定があります。第3章は第10条から第40条までの31ヵ条となっていて、全文103条の日本国憲法の中では、33%強を占めていて最も条文数の多い章です。

 その31ヵ条のほとんどは、国民の権利に関するものです。国民の義務に関する規定は、第26条の「教育を受けさせる義務」と第27条の「勤労の義務」と第30条の「納税の義務」の3ヵ条だけで10%弱に過ぎません。

 そもそも日本国憲法の規定は、主権者たる国民が国民のために働く国家機関に、国家機関は主権者のために、こうあらなければならないと命じたものです。つまり国民の基本的人権の保障を国家機関に対し命じたものです。ですから憲法の規定は、国民の権利の規定が大半となることは自然なのです。

 そんな憲法の中でなぜ、主権者たる国民が、国民自ら国民の納税の義務を明記したのでしょうか。新型コロナウイルス問題で財政問題は、どの国でも深刻となっている今、納税の義務の本質と税金の使いみちについて考えてみることにも意味がありそうです。

 今回は、国民の基本的人権規定から離れ、国民の納税の義務について考えてみます。そうすることで、憲法の本質と人権の本質に、より深く迫れるような気がします。憲法の究極の価値は個人の尊厳ですが、国民の義務という反対面を掘り下げることによって、国民の基本的人権が、より深く理解できそうな気がするのです。

 国民の権利の面からではなく、国民の義務の面から日本国憲法を眺めることによって、個人の尊厳の意味や、人権保障の規定の意味や、国民と国家の関係がより明確になりそうに思うのです。新型コロナウイルス問題で国の財政も個人の経済状況も厳しくなっている今こそ、国民の義務である納税の義務を掘り下げてみたいのです。

 憲法第30条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う」と定めています。義務とは、「人が社会で生活する上でしなければならないことがら」、「道義的法律的に当然しなければならないこと」(角川必携国語辞典)です。ですから、「国民は、納税の義務を負う」という意味は、「国民は道徳的・法律的に当然、税金を納めなければならない」と言っているのです。

 これは、誰が誰に対して、語りかけているのでしょうか。憲法の条文ですから、憲法とは何かから説き起こすのが分かり易いと思います。

 手許にある角川必携国語辞典を開くと、「憲法」とは、「国の組織や作用などの根本的なきまりを定めた国家の最高の法」とあります。誰が定めたかには書いていません。誰が定めたのでしょうか。抽象的には憲法制定権者が定めたということは、間違いありません。具体的には、それは誰でしょうか。

 日本国憲法の前文には、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民の協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と明記していますから、日本国憲法の制定権者は日本国民であり、日本国憲法は日本国民が定めたものであるということになります。

 ここのところの認識、つまりものごとを見たり聞いたりしたときに、他のものとはっきり区別して捉えることが大事なのです。日本国憲法を定めたのは、日本国民です。日本国民が、日本国憲法の制定権者であり、改正権者なのです。ここの認識から国民の納税の義務の規定を考えていくことになります。

 明治憲法は、天皇が定めたのに対し、日本国憲法は日本国民が定めたという認識は、納税の義務について語るうえでも大変大事なポイントとなります。日本国憲法は日本国民が制定したということは忘れてはならないのです。ですから、日本国民の納税の義務は、日本国民自身が定めたものであり、日本国民が日本国憲法に納税の義務を自ら宣言したものです。国王や領主など他から強制されたものではありません。国民自身が、自発的に宣言したものなのです。


 〈国民自身による宣言としての納税義務〉

 日本国憲法第3章の「国民の権利及び義務」の規定は、第11条に「基本的人権の享有」と題して、「国民の、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に補償する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」と規定したうえで、「思想及び良心の自由」、「信教の自由」、「表現の自由」、「学問の自由」などと具体的に代表的な基本的人権を列挙しています。


 どの条文も短文で、その意味、内容は解釈しなければ出てきません。それが憲法の解釈論であり、憲法論であり、憲法を勉強するということになります。

 どの条項にも沢山の解釈の余地があり、人それぞれの考え方が生まれる余地があります。私にも、こう考えた方がよいという思いが、各条文の中にはいくつもあります。それを述べたくて、拙著「田舎弁護士の大衆法律学」の中で、「新・憲法の心シリーズ」をライフワークとして書き続けているのです。

 解釈の余地というのは、例えば憲法第23条は「学問の自由は、これを保障する」と規定しています。ここには、誰が、誰に対して、何を、どう保障するのかは書いていません。そこには解釈の余地が無限に出てきます。それが憲法を論じることになるのです。

 分かり切っていると思われることでも、よく考えると迷うことが少なくありません。ここでいう「学問」とは、何を言うのでしょうか。小学校で習う勉強も、ここでいう「学問」なのでしょうか。分かり切ったようなことでも、よく考えると分からないことが出てきます。

 国民の権利の規定は、国家機関に対し、国民の基本的人権を保障するように憲法制定権者である国民が命じたものですから、そこからこの規定は、「国家機関は、国民に対し、国民の学問の自由を、保障しなければならない」という解釈が生まれます。

 それだけにとどまらす、さらにここでいう学問とは何かという問題が生じてきます。小学生が学校で漢字や算数を習うことを、学問の自由として保障していると考えるのはいかがなものでしょうか。そんなことは、わざわざ憲法に書く必要はないはずです。漢字や算数を習うのは、学問ではなく学習に過ぎません。ここでいう学問とは、学問研究レベルのことではないでしょうか。

 このように分かり切ったことと思えることでも、いくらでも解釈の余地があるのです。憲法の解釈は、なぜそのような規定が憲法上に明記されたかを掘り下げなければなりません。学問の自由が明記されたのは、とかく学問研究は、時の権力者によって迫害されることがあるからです。そういう経験則を踏まえているのです。

 国民の権利及び義務の規定のうち、国民の権利を定めた条文は、主権者である国民が、国家機関に対して、国家機関が国民のために働く中で、主客を転倒させ、国民の基本的人権を侵害する恐れがありますから、そのようなことをしないようにしなければならないと明文を以て命じたものです。

 ですが、憲法の条文は、「学問の自由は、これを保障する」などというように、俳句や短歌のような短い文章で簡単に述べていますので、その具体的内容については、必ずしも一見して誰にでも分かるものではなく、どう解釈すべきかという問題が発生します。その時に大事なものが秤です。憲法の解釈の究極の秤は、憲法の究極の価値である個人の尊厳です。個人の尊厳に適っているかどうかという秤で計ることが必要となります。

 憲法第3章の「国民の権利及び義務」のうち、国民の権利に関する規定の部分は、国民のために働かなければならない国家機関は、主権者である国民に対しては、こうしなければならないと命じたものです。つまり、飼い主である国民が、飼い犬である国家機関に、こう働かなければならない、間違っても飼い主である国民に噛み付いたりしないようにクギを刺したものです。

 これに対し、義務の規定の部分は、国民が国家機関に命じたものではなく、国民にも義務があることを自ら認め、それを宣言したものです。この国民の権利の規定と国民の義務の規定の性格の認識しておくことが大事です。

 「誰が、日本国憲法に、納税の義務を定めたのか」という問いの答えは、「日本国の主権者であり、憲法制定権者である日本国民自身が定めたものである」ということになります。「国民は納税の義務を負う」と日本国憲法に定めたのは、国家機関である国会や内閣や裁判所ではなく、明治憲法のように君主である天皇でもなく、日本国憲法を定めた国民自身が自分の立場を自覚し、それを宣言したものです。甲子園の高校野球の選手宣誓みたいなものなのです。

 国民自身が、自ら当然しなければならないこととして、国の基本法である憲法に宣言したもので、他から命じられたものではない。まず、ここの認識が、日本国憲法の納税の義務を論じるうえでは大事です。

   (拙著「新・憲法の心 第28巻 国民の権利及び義務〈その3〉」から一部抜粋)

 

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