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 〈「生前協議書方式」の有効性〉

 拙著「火種・足枷」では、まだそこまで気が付いていませんでしたが、「伝家の宝刀」では、「生前協議書」の作成を勧めました。遺産を残す人が生きているうちに、遺産を残す人と残される人の間で、互いの気持ちを確認し合い、それを書面化しておくというやり方です。

 このやり方は「伝家の宝刀」では、「生前協議書方式のすすめ」という項で、以下のように述べました。

 「上巻『火種・足枷』を書いた段階では、まだそこまで気付いていなかったが、今回下巻『伝家の宝刀』を書いているうちに、『生前協議書方式』を思いついた。被相続人が生前に相続人となるであろうことが予測される人を集めて、『自分が死んだら、このように遺産を分け合ってくれ』と申し入れ、相続人となるであろう人達から同意を得ておく方法である。それを書面にし、被相続人と相続人となるであろう人全員から署名・押印しておくのである。このやり方を『生前協議書方式』と名付ける」。

 そして、以下のように続けました。

 「生きているうちに葬儀を執り行う『生前葬』に似たやり方が。それに倣って、『生前協議書方式』と呼ぶことにする。生きているうちに葬儀をする人さえいるのだから、生前協議書をつくることにさほどの抵抗はないはずだ」

 「ただ、法的なことにとらわれれば、相続開始前の遺産分割協議書の効力は無効だとするのが、裁判所の取り扱いである。だがそれは裁判になった場合のことだ。裁判にならなければ、生前協議書は極めて有効だ。裁判になっても、生前協議書の趣旨は尊重されるべきだ。普通の人なら被相続人と相続人となるであろう人が一堂に会して作った生前協議書を、法的に無効だなどと言って無視はしない。それが常識というものだ」

 こう断じたうえで、さらに次のように語りました。

 「一度取り決めたことを『法的には無効だ』などと言い出すのは、弁護士など法律をかじった者である。普通一般人は、被相続人と相続人となるであろう人達が遺産を残す人の考えに従って取り決めた生前協議書を、被相続人が亡くなったからと言って、『無効だ』などとは主張しない。この生前協議書が無効だと言う人は、法律をかじっている人だ。だが、無効の本当の意味を知らない人もいなくはない」

 「重箱の隅をつつくような法律家の理屈より、普通一般人の常識に期待する方が日常生活はスムーズに行くことが多い。一生の中で裁判を経験する人など、ごく一部に限られている。無効の意味は、国や法律が手を貸さないというだけだ。当事者が生前協議書に従うことは、許されないわけではない。むしろ、日常生活の中では生前協議書は尊重されているはずだ」

 この考え方は、その後も変わりません。「伝家の宝刀」は、さらに次のように続いています。

 「弁護士という職業柄、法律の規定や判例が気になるが、それに縛られて世間一般の常識に気を配らないということがあっては、本末転倒となってしまう。円満な常識で解決できないような場合に、はじめて法律が『伝家の宝刀』として働くものであることを認識すべきである」

 「『伝家の宝刀』は、いざというとき以外は使わないものだ。法律を振り回すのは裁判官や弁護士は仕事だが、一般通常人にはその前に尽くすべきことはある。仮に相続開始後に法律の理屈を言って異議を唱えた者がいたとしても、生前協議書の取り決めは調停や和解などにおいても参考になることは間違いない。参考にすべきである」

 これは、長い間、相続問題にかかわってきた弁護士としての率直な印象です。


 〈争いの火種を残さないために〉

 普通の人なら、被相続人及び相続人となるであろう人達が全員集まって作った生前協議書と異なる主張をすることはないと信じます。それが、裁判などしないで一生を送る多くの一般大衆の姿だと思います。

 法の前に、普通の人の普通の感覚があり、ほとんどの場合は、それで解決できます。被相続人が残した遺産問題については、法よりも遺産を残す人の気持ちと遺産を引き継ぐ人の気持ちで解決することが望ましいのです。

 遺産を残す人が生きているうちに、相続に関係する人一同で作った生前協議書であれば、それに従って解決するのは当然だ、と普通の人は思うはずです。法律の理屈や裁判所がどう言おうと、遺産を残す人と残された人が取り決めたことは、守らなければならないと思うのは、普通の人の感覚です。それが正常な感覚です。

 そのように大きなものの見方で考えると、「生前協議書方式」は妙薬であり、被相続人は自分がしっかりしているうちに、この方法を採っておくことを勧めたいのです。この方法は、遺産を受け継ぐ人同士で、争い事にならないようにするためには、有効な方法だと確信します。生前協議書は、夫婦、親子のこれまでの生き方の集大成ともいうべきものです。まとめです。

 最も身近で最も大事な人に財産を残してもらえることは、残される人としてはありがたいことですが、争い事を残されるのは迷惑となります。遺産を受け継ぐ人に、争いの火種を残さないためには、「生前協議書方式」を採っておくことは、大事だと確信します。この気持ちは、「伝家の宝刀」を書いた当時より、今の方が強くなっています。

 そうは言っても、現実には「生前協議書」という格好のものを作ることは、難しいと思います。それはよく分かっています。それにもかかわらず、このように述べるのは、生前協議書を作っておくべきという趣旨、つまり遺産を残す人が生きているうちに残された人に気持ちを伝えておかなければならないということを知ってほしいからです。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


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