〈国家機関の誤りを知らせる役割〉
国がいう正義を掲げるのが国会の仕事であり、その正義を実現するために働くのは行政の仕事であり、裁判所などの司法機関は、国会がつくる法や、内閣のやる行政が人命や人権を侵害することにはならないかを監視し、不適切であれば、これを是正させなければならない立場にある。
司法の判断を仰ぐためには、国民や、地方住民やその代理人となる弁護士が訴訟を提起することが必要となる。それのみならず、法曹である弁護士にも司法を担当する者として、国会や内閣を監視する社会的使命がある。そういう意味では、弁護士も司法機関の一部であるという一面はある。
しかし、弁護士は国家機関の一部ではない。在野という立場であり、公職に就かず民間にいる身である。自由にモノが言える立場にある。この立場を活かして、裁判所に対してだけではなく、国会にも内閣にも自由にモノを言わなければならない。それが許されるところが、弁護士のやり甲斐である。弁護士は、司法の一翼を担っているだけではなく、立法にも行政にもモノを言える立場にあることが、命を賭けてやるだけの価値のある仕事であると言える。
裁判に限らず地方弁護士は、国家機関の間違いを国民に気付いてもらうための情報を、国民に発信するという役割がある。また、地方弁護士は地方住民に対し、裁判所の誤りを知らせる役割もある。裁判所の判断の誤りなど、地方住民は知る機会は少ない。地方弁護士は裁判所の判断が不当だと思う時は、地方住民にそれを知らせる役割を果たさなければならない。
これらの役割は、地方弁護士一人でもできる。それを続ければいつか、雨垂れ石を穿つことにもなる。「あなたならどう裁く」などという裁判批判の駄弁本を多く発行しているのも、そのような思いによるものである。裁判所の判断が出でも、それが不当と思える場合には、主権者である国民や地方住民に、その不当性を知らせることは、地方弁護士の社会的使命である。
法律の解釈と運用に問題がある場合だけではなく、立法つまり、法律をつくる際にも、地方弁護士は正しい知識や情報を地方住民に発信しなければならない使命が出てくることがある。その法案には、人命と人権を侵害する虞れが含まれていると思える場合には、そのことを分かり易く地方住民に説明し、そのような法律をつくることに反対するように説き広めることも、地方弁護士の社会的使命である。
司法の一翼を担う弁護士としては、まず法律の解釈、運用に目を向けなければならない。法律の解釈、運用を正すという立場で、弁護士法第1条の「弁護士は社会正義を実現することを使命とする」という部分について、吟味することが、地方弁護士としても社会的使命となる。法律の解釈と運用を正さなければならないという立場で、弁護士法第1条の「社会」という言葉と、「正義」という言葉を念入りに検討する必要があることを地方住民に知らせることは、地方弁護士の社会的使命といえる。
そこでいう社会という言葉は、国家とか、大組織とか、世間とかのように多くの人や団体などと捉えてはならない。より多くの人の利益になればよいなどと考えてはならない。一人一人の人命と人権を犠牲にして、より多くの人の利益を優先させる根拠にするために「社会正義」という言葉が悪用されないよう監視するのは、弁護士の役割である。人命と人権を擁護することが弁護士の使命と考えれば、弁護士はそういう役割を果たさなければならない。
〈多数派・権力者の「正義」を意味しない「正義」〉
ここまで弁護士法第1条の「弁護士は社会正義を実現することを使命とする」との規定の第一の問題は、ここでいう「社会」とは、国家権力などと解釈すべきでないということを述べたが、この規定にはもう一つの問題がある。その第二の問題は、「正義」という言葉にある。
この場合の「正義」を「社会の多くの人が正しいと主張していること」という意味だとする解釈には賛同できない。数で正義が決められたら、時の権力者の思い通りにされてしまう。つまり、その時の勢いやムードに流されてしまうことになる。
そのムードは、戦争に繋がりかねない場合もある。世界は、こんなことを過去に何度も経験済みである。このことも地方弁護士は地方住民に知らせる役割がある。それは地方弁護士の重大な社会的使命である。政治家の死に際し、国葬にするなどという政府の考え方等に対しても弁護士は、それが戦争に向かうムードづくりに利用されることのないように国民に警鐘を鳴らすなどの役割がある。
ここでいう「正義」とは、憲法が究極の価値と認めている「人命と人権を守ること」と解釈しなければならない。つまり多くの人の意見かどうではなく、一人一人の人命と人権が守られるかどうかという視点に立たなければならない。一人一人の人命と人権を多くの人の圧力から守ってやるのが、ここでいう正義だと考えなければならない。多くの人の利益ではなく、一人一人の人命と人権を守ることが正義であるという認識を世の中に知らせることが、弁護士の社会的使命であると考えなければならない。
ここのところを間違えて、正義とは、その時の権力者や多くの人が、それが正義だと考えていることなどと解釈したら、個々の人命と人権は犠牲にされてしまう危険が生まれてしまう。国家機関の暴走を止めることができなくなってしまう。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)
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