日弁連会長選は、再投票でも決着がつかず、史上初の再選挙となってしまった。
これまでの票の動向を読む限り、再選挙で、簡単に勝敗が決するとも思えない。このまま延々と再選挙が繰り返され、その間現政権が延命するのではないかと、先日まで、笑い話で語っていたことが、現実になりかねない状況だ。日弁連を法的に分裂させるのは大変だが、すでに、この組織は、事実上分裂しつつあると見るべきではないか。
しかし、この事態は、すでに相当以前から、予想されていたというべきだろう。急速に増大する司法改革後の弁護士と、それ以前の弁護士との世代間対立、都市と地方の地域間対立、そうした対立の火種は、何年も前からくすぶり続けていたはずだが、ここに来て、一気に顕在化しつつある。いつまでも票が割れてまとまらないのは、その一つの表れに過ぎない。実に根の深い問題なのだ。
昔の日弁連会長選では、公職選挙法が適用されないのをいいことに、札束が飛び交っていたという噂を聞いたことがあるが、当時の対立構造は、せいぜいが東京対大阪、あるいは、東京、大阪の派閥同士の枠組みに止まっていたわけで、今の弁護士が抱えている深刻な問題を考えると、とても牧歌的に思える。
どこかに落としどころ、弁護士全体が、何とかまとまる踏みとどまりどころがあったからこそ、札束で決着がついたのだろうが、もはや、そんなレベルの争いではない。今の弁護士業界は、対立のベクトルがあらゆる方向に拡散していて、これを誰かがまとめていくというのは、もはや不可能なようだ。この先、全国の弁護士が、一枚岩になるという事態は、ありえないだろう。そもそも、一枚岩だったことなど、なかったのかもしれない。
この状況を踏まえれば、投票率の異様な低さも、分からないではない。誰に投票しようと、自分たちの危機や苦難が解決しそうにないとなれば、誰も選挙になど、関心は持てないのだ。
この先、会長選の候補者は、恐らく、競うように、合格者の削減案を打ち上げていかざるを得ないだろう。それも、1500人から1200人、1000人と、徐々にエスカレートしていくかもしれない。
この政治状況を考えると、現実味があるかどうかにかかわらず、そんな形で一種の仮想敵を設定しないと、少なくとも若手や地方はまとめようがないのではないか。その結果、日弁連は、ますます社会から孤立していくことになるかも知れない(私など、孤立覚悟で、合格者を500人に戻すために、国ともマスコミとも戦います、という候補者が出てきたら、とりあえず投票してみようと思うのだが、夢物語だろう)。
我々が今、再選挙という形で、日弁連の「終わりの始まり」を見ているのでなければよいのだが。